2台ピアノを聞きに行く(2)2019/06/01 18:20

「調性音楽の仄暮~2台ピアノによる協奏曲集」と題された公開録音を聞きに行った。場所は巣鴨駅近くの東音ホールである。フォーレに関する感想らしきものは前日のブログに書いた。

さて、フォーレ以外のプログラムについても書かねばならない。

シマノフスキはポーランドの作曲家。クラシックのピアノ通なら知っていて、腕の立つピアニストなら弾いていてしかるべき作品がいくつもある。私は腕が立つピアニストではないので敬して遠ざけている。さて、お二人の演奏を聞いて、「スクリャービンのピアノ協奏曲にしては妙におどろおどろしいな」と思った。実際にはスクリャービンではなくてシマノフスキだったのだが、これは前に座っている人がプログラムをもっていて、それを目にしたのでわかったのだった。ひどいものだが、まあ仕方がない。ともかく、初めて聞いた作品だということはわかった。第1楽章が終わり、第2楽章に入った。どこか妖艶さが漂ってきて、どこかの化粧品会社が自社製品のテレビコマーシャルに使っているのではないか、という下世話な感想を抱いた。ほかにも妄想を抱いていると attacca で第3楽章に突入し、こちらは武骨な楽章だったのでなぜか安心し、めでたく大団円となったのだが、果たして私はここに来て聴衆となる資格があったのかどうか、戸惑いを覚えた。

後半はスクリャービンである。後半は第1ピアノを浦壁氏が、第2ピアノを大井氏が担当した。

ピアノ協奏曲は聴いたことがあり、といっても昔のFMラジオでエアチェックしていたのを何度もかけていた程度である。それでも久しぶりに聞いて、甘さを思い出した。この甘さはいいなあ、昔の誰かさんがこの曲を評してショパンを薄めたといったそうだが、誰だって書けるというものではない、甘くて何が悪い、とスクリャービンに成り代わってなぜか開き直っていた。そして、今まさに聞こえているその甘さを、古き良きエアチェック時代にむりやり溶け込ませて鑑賞していた。

「プロメテウス - 火の詩」のほうは、エアチェックしていたのだろうか。私は思い出せなかった。交響曲第4番「法悦の詩」はエアチェックして、当時の日記に「いいー」て書いていたような気がするが定かではない。

どうでもいいけれど、「プロメテウス」って、まず名前がかっこいいな。フォーレにも「プロメテ」という劇音楽があるけれど、めったに演奏されないしな。ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」はまだ演奏されるかな。序曲はかっこいいよね。ただ、プルトニウムは御免だな。

プロメテウスにはどんなメロディーがあったかさっぱり思い出せないが、後期スクリャービンのソナタの類型となる和声やらリズムやらが横溢していたような気がする。これ以上の詳しいことは全く書けないのが情けないところで、フォーレのときとは違って楽譜も持っていないし曲も知らないものだから、同じだとか違うとかは言えないし、ではそれ以外に何を言えるかというと当然言えるものがない。

予定したプログラムが終了し拍手をした。お二人が舞台から退いたのち、アンケートに気づき、何をどう書こうか迷っていた。この最中にも、拍手は続いている。この拍手はアンコールを要求しているのだということに気づいたが私はアンケートに対する回答を考えるのに精一杯でうつむいたままだった。やがて拍手が止んだので体を起こすと、プログラムを終えたお二人が舞台に再度立っていたのがわかった。アンコールに応えるというのはお二人にとっても、また聴衆にとっても当然のことだったのだろう。大井氏が左のピアノに、浦壁氏が右のピアノに進んだ。大井氏から「アンコールを2曲弾きます。最初は米沢氏のもとで爆誕しました・・・・・」と語った。米沢氏とは、原曲の編曲者であることはわかった。しかしその後のバクタンという言葉が聞き取れず、爆弾かと思ったが、さすがにその言葉はないだろう、相応しい言葉があるはずだと脳内で変換回路を動かした結果、爆誕、という感じを当てはめるのが適切だと判断した。実際、爆誕、ということばで会場から笑い声が起きたようだった。

さて、この爆誕したピアノ曲は何だったかというと、聞いた限り、ある有名な現代音楽作曲家による、ピアノ独奏のためのある有名な曲集に収められているはず、という見当はついた。しかし、その作曲家の名前も、曲集の名前も大井氏は語らなかった。まあ、それはどうでもいいことなのだろう。あるいは何か事情があって語らなかったのかもしれない。わかる人にしかわからないだろう、という連帯感をあおりたかったのかもしれない。そして私は、曲の流れに身を任せながら、たぶんあの作曲家の、あの曲集だよな、違うのかな、私は連帯できないのかな、などということを確かめたり疑ったりするうち、アンコールの第1曲が終わった。

そしてアンコールの2曲目は、こちらはすぐにわかった。ある有名な歌の編曲なのだが、この編曲を誰がしたものか気になった。というのも、ある部分でナポリの6度が使われていたからである。いや、私にはナポリの6度とは何かがわかっているわけではない。ただ聞いてみて、ナポリの6度のように聞こえる個所があった。私の感覚では、そこでナポリの6度を使うのは何か場違いのような気がしてならなかった。第2曲が終わって大井氏が再び語った。この曲はみなさんご存じでしょう、作曲者は□□氏、そして編曲者は□□氏ご子息の〇〇氏である、ということだった。なるほど、ナポリの6度は〇〇氏の業だったのか。ただ原曲は、正確には原編曲の和声は、はたしてどうだったのだろうか。それを知りたいとも思ったけれど、わざわざ知らなくともいいのでは、という意欲のない自分の声も聞こえてきて、もう何が何だかわからなくなってきた。

私の一つ置いて左隣に座っている人は、周りに知った顔がいるのだろう、アンコールの第1曲を指して、知った顔に語り掛けていた。そのことばを拾う限り、この爆誕した曲は私が思っていた作曲家による、その思っていた曲集であったようだ。そして、わざわざ作曲家の名前を言わないところが、ということも含めて話をしていたようだった。ということは、このような公開録音の場に来るような資格を私はもっていなかったということだった。言い換えれば、私は連帯感を持ちえない人だったのではないだろうか、ということだった。

たまたまアンコールの第1曲に関しては私の想像は当たったのだけれど、それはまぐれ当たりという程度であって、その作曲家についても作品についても詳しいことは知らない。まして自分で弾くなどということはあり得ない。もちろん、主催する会では、公開録音に聴衆として参加することに資格を設けているわけではない。そして、大井氏もアンコール曲2曲は「プログラムとはまったく関係ない」と公言していた。

ただ、「調性音楽の仄暮」というタイトルを掲げたのは、調性音楽から非調性音楽に向かう時期にプログラムにある4曲が作曲されたということを言いたいのではないか。そして、これら4曲を取り上げたからには、聴衆のみなさんは、これら4曲の調性音楽の立場からの位置づけについて、わかっていらっしゃるでしょう、と思っているのではないか。だとすると、私にとっては耳が痛い話ではないか。フォーレの幻想曲しかまともに知っている曲がないからだ。そうして叩きのめされた私は、アンケートの感想を1行だけ書いて、後払いとなる「好きな額」を配られた封筒に入れて受付に提出し、巣鴨を後にした。

その後どうしたかというと、フォーレの幻想曲だけを頭の中でぐるぐる回しながら北千住で途中下車した。吉野家を探したけれど見つからず、北千住で乗りなおしたあと草加で再度途中下車した。吉野家をしつこく探すためである。運よく吉野家を見つけて牛皿と生ビールを飲みながらフォーレの幻想曲だけを頭の中でぐるぐる回した。会計を済ませて自分の家がある駅で降り、近くの安売りスーパーでナッツとビール系リキュールを買って、自宅に帰りシャワーを浴びた。シャワー後は自分の部屋で再度フォーレの幻想曲だけを頭の中でぐるぐる回しながら飲み直した。

負担を感じる2019/06/02 21:52

最近負担を感じている。まあ、なんにせよ困った話だ。

どんなことにも負担を感じているのかというとそうではない。今朝は散髪をしてもらいに床屋に行った。床屋に行くことはできる。また、飯を食いに行くこともできる。さらに、一昨日や昨日のブログのように、自分の興味があることに対しての一種偏執的な作業、そう、作業なら進む。しかし、自分の判断が後になって責任を伴う作業になると、とたんに作業が負担となってのしかかってくる。

明日は、その負担を解消するために、あるところへ電話をしないといけないだろう。

文学全集を見る2019/06/03 23:12

某所の図書館で、後藤明生の作品が文学全集に載っているかどうかを調べた。小学館の昭和文学全集の30巻に後藤明生の作品が3篇、収められていた。
吉野大夫/書かれない報告/謎の手紙をめぐる数通の手紙
これらは、最近購入した後藤明生セレクションのそれぞれ、3、2、4に掲載されている。その意味ではちょっと残念だったが、なぜこの3篇なのか、というのは興味がある。

いつの間にか6月を迎える2019/06/04 23:11

いつの間にか6月が来た。昔ならカレンダーをとっくにめくっているはずなのに、今はカレンダーをめくる気力さえ起きない。なんということだろう。

風に舞うビニール袋を見る2019/06/05 23:09

勤務先に向かう道で、風に舞うビニール袋を見た。それも2回も。どちらも見て見ぬふりをした。ひょっとしたら、ビニール袋は川や海に向かい、海洋を汚染するごみになったかもしれないと思う。そう考えると、ビニール袋を無視したために非常に悪いことをした気持ちになり、いたたまれなくなる。そして、年をとったのだと実感する。

酒に弱くなる2019/06/06 22:36

最近、ビールもどきを500ml飲んだだけで、すぐに眠くなってしまう。眠れるのはいいことかもしれないが、そろそろアルコールを控える時期なのかもしれない。

私の今の年齢で死ぬ人も大勢いる。たとえば、ベートーヴェンは、私のいまの年齢と同じ年齢で死んだ。こういう比較をすると、本当に悲しくなる。ベートーヴェンは、交響曲も弦楽四重奏曲もピアノソナタも変奏曲も、ミサソレムニスも歌曲も、劇伴も協奏曲も、ともかくいろいろ生んだ。私は何を生んだだろう。

そんな、上にいた人を見ても仕方がない。私はベートーヴェンのことをほとんどホームページに書いていないが、フォーレとスカルラッティのことだけは少しだけホームページに書き、それがもとであれやこれや感じてくれる人がいる。これだけでも満足としなければ。

後藤明生セレクション5を買う2019/06/07 22:27

後藤明生セレクション5を買った。これで、国書刊行会から出ている全5巻を買いそろえることができた。 それにしても、この人の作品にははまる。なぜだろう。あらかたのことは後藤氏の小説にしても、評論にしても、言い尽くされているような気がするだけに、不思議である。 セレクション5は、評論、エッセイである。私が驚いたことは多々あるが、それは「学問所」のほうでおいおい公表できればいいかなと思っている。

越谷市民交響楽団第36回定期演奏会を聴きに行く2019/06/08 21:39

越谷市民交響楽団第36回定期演奏会を聴きに行った。曲目は次の通り。

  • シューベルト:「ロザムンデ」序曲
  • ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調 Op.102
  • ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調 Op.36

ロザムンデは間奏曲第3番しか知らなかった(この間奏曲をこの演奏会のアンコールで聞くことになるとはその時は思わなかった)。 序曲はしっかりした曲だけれど、今一つ緊張感に欠ける気がしたのはなぜだろう。演奏も管の響きはよく聞こえたが(2階席だったからかもしれない)、シューベルト的転調でシャープかフラットが増えたときに弦の音程が今一つだったのは残念だった。

ブラームスの二重協奏曲を聞くのは久しぶりである(どこかで最近聞いていたらごめんなさい)。久しぶりというのは、かなり前、学習院大学の中にあるホールで、学習院大学のOBオーケストラが徳永兄弟を招いて聞いた演奏が忘れられないからだ。といっても、単に徳永兄弟が有名であったからという理由だけで覚えているからかもしれない。

どうでもいいけれど、知人に聞いたら、ロックの世界で兄弟とも有名な例では弟のほうが兄より優れていることがほとんどなのだという。クラシックはどうかと聞かれ、私はクラシックの兄弟を知らないので無知を露呈してしまった。私がそのとき思い出せたクラシックの兄弟はコンタルスキー兄弟(ピアノ)とアサド兄弟(ギター)だけであり、この二組はどっちもデュオで活躍しているから優劣はないんじゃないかな、と答えたが、本当だろうか。

さて、急に思い出した徳永兄弟だが、どちらが優れているかといわれるとちょっと困る。それに、兄貴の兼一郎氏は早世したからだ。なんと、私は今、兼一郎氏より長生きをしている。それだけのことをしただろうか。

そんなことを思い出しながら昔の思い出にふけっていると、ブラームスの音楽が聞こえてくるのだった。ブラームスの音楽は、私にとっては体のコリに聞くツボを心得たマッサージ氏のようだ。ここをこう突けば、効くでしょう、といわんばかりの巧妙さなのだ。だからブラームスの音楽は「聞く」というよりは「効く」。この二重協奏曲、またの名の(ブラームスの)ドッペルは、非常に効いたのだった。ええと、ちなみに、独奏者2名のみによるアンコールがあった。曲はブラームスのハンガリア舞曲第1番ト短調。2台でよくやるなあ。

休憩をはさんでベートーヴェンの交響曲第2番は、生で聞くのは初めてのような気がする(これも以前に聞いたことがあったら、演奏してくださった方々にはごめんなさい)。わたしの敬愛する師匠 Y 氏は、この第2番の冒頭のテンションの低さについて、チューニングでもしているのか、と文句を呈している。私がこのときの実演を聞いた限りはそれほどテンションが低いとは思わなかったが、どうにも無名曲が持つ無名の理由がわかるような気がした。それが一変したのは第4楽章だった。いきなり、ドミナントで始まるチャーミングなユニゾン。これは、しっかり覚えていた。ただ、ベートーヴェンだとは思わなかった。ニ長調の交響曲の傑作を書いたモーツァルト(ハフナーとか、プラハとか)に聞こえてきた。自分の音楽体験がますますもって錯乱してきた。

なお、アンコールは前述の通り、シューベルトのロザムンデ間奏曲第3番。

弦楽合奏の練習に出かける2019/06/09 22:17

小岩の某練習場に、弦楽合奏の練習に出かけた。実は、知人の合奏団の本番があって聞きに行きたかったのだが、重なってしまった。私は休日はほとんど暇な人間なのに、重なるようにできている。

さて、この日はオーボエの若い衆を迎えて、大島ミチルが作曲した「風笛」という、NHK の朝ドラで有名になった曲を練習した。こういう曲がふけるオーボエという楽器は、いいですね。難しい楽器であることは承知しているから尊敬してしまう。

なお、この日は若い衆が来る前に、L. アンダーソンが作曲した「トランペット吹きの子守歌」の伴奏も練習した。この日はトランペットの別嬪さんが来なかったので伴奏だけでなんとかかたをつけようと必死だった。

オーボエの練習を一通り終えて、疲れを知らない若い衆に、さらにということで、E. モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」と、マルチェルロの協奏曲も吹いてもらった。私のチェロは下手だが、周りに弦楽器の仲間がいると非常に心強い。

伊藤一葉を思い出す2019/06/10 21:52

たまたま手元にあった、ビックリハウス驚愕大全を後のページからめくっていた。いわゆる、索引のページですね。その索引の 11 ページ、今月の御言葉、という項を見てみると、伊藤一葉の名前があった。次のような御言葉を残している。

人の一生は、重き荷を負うて、遠き道を行くがごとし、無理をせず、ゆっくり参りましょう

どこかで聞いたことがあるセリフだ。徳川家康の遺訓のようだ。

さて、この伊藤一葉という手品師は早くに亡くなった。調べたら享年 45 歳とのこと。若すぎる。

私が伊藤一葉の手品を見たのはテレビでである。牧伸二の大正テレビ寄席に出ていたのではないかと思う。伊藤一葉が見せたのは、お札を簡単に作ることができる、という手品だった。客席から紙幣の大きさの白紙をもらうと(自分で用意したのかもしれない)、「この通り何もありませんね」と客席に見せたあとで、組み合わせたローラー2つをハンドルで動かす小さな輪転機のような道具を掲げた。そして「では、この紙を、ローラーに挟んでハンドルで回してみますね。誰でも大金持ちですよ」と言いながらハンドルを時計回りに回すと、一方から入れた白紙がローラーから出たとたん、見事にお札に変身したのだった。やんやの喝采が客席から起こる中、「でも、あんまり簡単に金持ちになるのもいけませんよね」と言いながら、さきほど出てきたお札を、再度ローラーにはさんで、ハンドルを逆回しした。すると、それこそフィルムを逆回しで見るように紙幣が白紙に戻ってしまった。客席が笑いに包まれる中、伊藤は例の決め台詞「この件について何かご質問はございませんか?」をニコリともせずに発するのだった。