ラフマニノフの「晩祷」を聴く ― 2026/07/09 22:30:01
ラフマニノフの「晩祷」(「徹夜祷」)を聴いた。いつも、ラフマニノフの作品からはピアノの響きが聞こえるのだけれど、本曲に関しては霊的な得体のしれない何者かの響きに包まれたので驚いた。また聴いてみよう。
合唱コンクールを思い出す ― 2026/07/08 18:13:18
某SNSで、学校で行われる合唱コンクールについて話題になっている。私はその話題に参戦する勇気がないので、ここで50年ほど前の思い出話をする。
その SNS では、合唱コンクールのピアノ伴奏について話題が盛り上がっている。私が学校に通っていた時代、合唱コンクールがあったのは中学校だけで、小学校や高等学校ではコンクールはなかった。中学校は1学年に6クラスあった。
SNS の話題に参戦しなかった理由は、中学校のときのコンクールでは合唱のピアノ伴奏はなかったからだ。つまり、3年間とも、ずっと無伴奏だった。無伴奏だった理由は想像がつく。コンクールとして、伴奏の巧拙で差がつくのは不公平だと教員が考えたからだろう。
実際に歌った曲は、50 年経っても覚えている。3年間とも、俺がクラスで合唱コンクールの指導をしたからだ。結果は、どの年も優勝できなかったことは覚えている。
優勝できなかった理由について、今でも考えることがある。歌った曲は、1年生は「通りゃんせ」だった。2年生は「花のメルヘン」だった。そして3年生は「グリーンスリーブス(Greensleeves)」だった。考えてみれば、1年生の曲は陰旋法、2年生の曲は短調、3年生の曲も短調(もしくはドリア旋法)で、一般的に言えば陽旋法や長調に比べれば明るさに欠ける。これが優勝できなかった一番の理由だと思う。
別の理由も考えられる。俺の指導がよくなかったからという仮説である。そうかもしれない。特に1年生のときは、クラスの特定の生徒に蛇蝎の如く嫌われていた。
今となっては、中学生の同級生に会うこともないだろう。また、同級生も合唱コンクールがあったことなどおそらく忘れているだろう。念のため、中学校の卒業アルバムを見てみた。一枚だけ、女性生徒数十人が体育館の壇上に、男性生徒数十人が床にそれぞれ立って一方向を向いている写真があった。合唱の一場面である可能性は高いが、説明がなかったので、合唱なのか、また合唱だとしてもコンクールのときの写真なのかどうかは、なんともいえない。
ポインター・シスターズの「Yes We Can Can」を聴く ― 2026/05/12 21:06:37
きのうに引き続き、昔を懐かしんでいる。YouTube のお勧め欄に、なぜか、ポインター・シスターズの「Yes We Can Can」が表示されたのだ。確か、数年前に気になって探して聴いた記憶があるのだが、まさかそれが引っ張り出されたのだろうか。恐るべし、YouTube。ということでお勧めに従って数年ぶりに再度聴いてみた。
私は音楽のジャンルで言う、ソウルとか R/W に関しては疎く、聴くことは全くといっていいほどない。ただ、高校生の頃は英語学習のために NHK 教育テレビで放映された英語オリジナル版のセサミ・ストリートを毎週日曜日の午前中(だったかな)に聴いていた。セサミ・ストリートで英語の能力が上がったということは感じていなかったが、マペットのかわいさにはとりこになった。それから、驚くべき歌唱力で私を虜にする歌手がいた。その一人がスティービー・ワンダーで、もう一人、否、もう一組がポインター・シスターズだった。私が抱いているソウル・ミュージックはスティービー・ワンダーとポインター・シスターズだった。
それにしてもこの「Yes We Can Can」のノリはすばらしい。私がオーケストラに行くと必ずリズム感の悪さを指摘されるが、そのリズム感の悪い私でさえ(私だから、というべきか)ポインター・シスターズのリズムの駆動力には圧倒される。このポインター・シスターズを聴いていたころは、素直に楽しかった。なお、この「Yes We Can Can」は、カバー曲であり、オリジナルの題名は「Yes We Can」であった。
さて、ポインター・シスターズは、当初4人姉妹のうちの3人(アニタ、ボニー、ジューン)で結成され、のちに残りの1人(ルース)も加わり4人で活動していたが、当初の3人は死去した。現在はルースのほか、ルースの娘のイッサと孫のサダコと合わせて3人が、ポインター・シスターズとして現在も活動している。3人組時代のレコード会社との最初契約が 1971 年というから、今年は結成は結成55年となる。大したものだ。
合唱を聴きに行く ― 2026/01/19 21:49:43
きのうは合唱を聴きに武蔵小金井駅まで行った。昔の仲間が心を込めて歌っていて心を打たれた。アンコール曲は「主よ、人の望みの喜びよ」であった。
演奏後は厚かましくも打ち上げの宴に行き、よく飲み、よく食べて帰ってきた。
合唱組曲「東北の讃歌」のうち「鮭の大助」だけ聴けないことを嘆く ― 2025/12/24 18:27:19
身近にいる人は、学校に通っていたころにいろいろな合唱曲を歌ったという。そんななかに、「サケのオースケ今登る」という歌詞の歌があるという。調べてみて、宮澤章二作詞・湯山昭作曲の女性合唱のための組曲「東北の讃歌」全6曲のうちの「鮭の大助」ではないかと見当をつけた。ところが、この合唱曲「鮭の大助」がどんな歌なのか、YouTube では見つけられない。他の5曲「うみねこの島」、「青葉の詩」、「南部うまっこ唄」、「かまくら幻想」、「でこでこ三春」はあるのだが、よりによって「鮭の大助」だけが見当たらないのはどうしでなのだろうか。嘆かわしい。
ラターの「マニフィカト」を聴く ― 2025/09/02 22:43:41
ジョン・ラターの「マニフィカト」を聴いた。
ドヴォルジャークの「スターバト・マーテル」を聴く ― 2024/10/12 21:51:59
ドヴォルジャークの「スターバト・マーテル」を聴いた。かなり昔にプーランクの「スターバト・マーテル」を歌ったことがあるので、どう違うのかを楽しみにしていた。聴き終わって、あまりにもプーランクの曲とは違うので困った。正直言って、あまり印象に残らなかったのだ。ドヴォルジャークの曲は考えてみれば、交響曲の8番、9番と室内楽いくつか、協奏曲いくつか、歌曲集いくつか(「聖書の歌」)などしか知らない。繰り返し聴いてみよう。
サン=サーンスの無伴奏合唱曲を聴く ― 2024/05/12 17:19:51
サン=サーンスの無伴奏合唱曲を3曲聴いた。サン=サーンスの曲は軽い感じがして今一つ興味が持てないでいたのだが、今回3曲を聴いて、軽ければ軽いなりにいい感じがするような気がしてきた。昔はメンデルスゾーンの曲にも同様に軽いだけではないかという偏見があったが、今はメンデルスゾーンの軽さを楽しんでいる。
フォーレの変ヘ長調を探す ― 2024/05/01 23:59:59
きのうのブログをもとに、フォーレの作品から変ヘ長調に一時的になる曲を探してみた。
まず合唱曲だが、レクイエム、小ミサ曲ほか、目につく曲を調べてみたが、出てこない。俺の探し方が悪いのだろうか。
バラード、幻想曲、主題と変奏など、ピアノが出て来る大規模な曲も楽譜を見てみたが、どういうわけか見つからない。主題と変奏の第11変奏は、嬰ハ長調→ホ長調→嬰ハ長調で、すべてこれはシャープで書かれているから違うんですね。曲調からいっても、変ニ長調→変ヘ長調→変ニ長調で書かれていてもおかしくないのに。
その他の曲については後日まとめる。
マーラーの交響曲第2番「復活」を聴く ― 2024/01/05 19:02:23
マーラーの交響曲第2番「復活」を聴いた。マーラーの曲は何度か聴いているが、覚えているのは交響曲第1番「巨人」だけだ。交響曲第2番は昔覚えていたが、今は忘れてしまったので、改めて聴いてみた。冒頭は確かに聞き覚えがあったが、あとはさっぱりである。
最近のコメント