名前を聞き間違える2020/06/03 22:31

テレビを見ていたら、スポーツ関係のコーナーで「岡本綾子」の名前が聞こえてきた。私はゴルフの興味はないが、岡本綾子というプロゴルファーがいることは知っている。岡本さんがどうしたのだろうかと思っていたら、これは聞き間違いだった。アナウンサーが発したのは「坂本隼人」だった。「おかもとあやこ」と「さかもとはやと」を聞き間違えるとは耄碌も極まれり、というところだろうか。ただ、母音はほとんど同じである。

OKAMOTO AYAKO
SAKAMOTO HAYATO

やっぱり、耄碌かな。

バードの5声のミサ曲から「グローリア」を聴く2020/06/02 23:00

バードの5声のミサ曲から「グローリア」
バードの5声のミサ曲から「グローリア」である。まず、少し驚くのは、「キリエ」と「グローリア」の冒頭が同じメロディーからなることだ。ただ、典礼文は異なるから自然とメロディーも異なってくる。5声がすべて出てくるのは10小節からだが、途中で休みに入る声部もある。ホモフォニックに5声がすべて出てくるのは、ゲネラルパウゼをはさんだ20小節からである。私はここで思わず襟を正す。その後も声部の出入りは少しあるがほぼ4声以上を保ったまま42小節で第1部が終わる。

第2部はほとんどが3声前後で歌われる。バードの5声のミサ曲は、5声で歌われること自体に価値があるというよりは、むしろ5声の充実した(充実しすぎた)響きと、3声の完結した(遊びの許されない)響きとの対比にこそ、価値があるのだと思う。

バードの5声のミサ曲から「キリエ」を聴く2020/06/01 23:00

バードの5声のミサ曲から「キリエ」
バードの4声のミサ曲と3声のミサ曲を聴いたので、残りの5声のミサ曲を聴いてみよう。5声だから当然音に厚みが出てくる。ただ、厚みが出てくるということは軽快さが失われることにもなるから歌う側としては大変である。これから楽譜を引用するが、高声部から低声部にかけて、この楽譜では Superius、Contratenor、Tenor Primus、Tenor Secundus、Bassus となっている。13小節で Contratnor だけに8分音符が出てくる。これは、五声の厚みで押しつぶされそうになる響きの中で、流動性を持たせようとしてバードが入れたのではないかとひそかに思っている。

ウェルナー教則本で第2ポジションを練習する2020/05/31 21:39

ウェルナーチェロ教本No.13
ウェルナーの教則本で、第2ポジションを練習した。4拍子のNo.13 という識別番号がある練習曲である。練習記号 E がある次の小節を参照してもらいたい。チェロの先生は、ここにスラーがあるので、そのように弓を使いなさいということだった。確かに、ここにないと、小節をダウンボウで初めアップボウで終わるという原則を崩さないといけない。なお、これは IMSLP にある恐らくは原典であろうと思われるチェロ譜ですでにスラーが落ちている。私が持っていてさんざ悪態をついている楽譜でも、当然スラーが落ちたままである。

バードの3声のミサ曲から「アニュス・デイ」を聴く2020/05/30 18:43

バードの3声のミサ曲から「アニュス・デイ」
バードの3声のミサ曲から最後の「アニュス・デイ」を聴く。この冒頭のメロディーは、ベネディクトゥスの冒頭と同じなのだ。あえて同じメロディーにしたのだろう。そして、このアニュス・デイは、わずかに教会旋法の名残がする。上記譜面のEsがその名残である。ここが E であってもいっこうにかまわないと思うが、バードはあえて Es にした。この風味を私はなかなかだと思うが、はたしてバードはどんな気持ちだったのだろうか。案外、何も考えていないかもしれない。

バードの3声のミサ曲から「ベネディクトゥス」を聴く2020/05/29 23:00

バードの3声のミサ曲から「ベネディクトゥス」
バードの3声のミサ曲から「ベネディクトゥス」を聴く。前の「サンクトゥス」よりさらに短い。ふつう、ベネディクトゥスと一緒に続けて歌うのだろう。Osanna in excelsis が末尾に歌われるのはベネディクトゥスと同じだが、メロディーはサンクトゥスとベネディクトスでは異なる。これを当然というべきなのか、それとも意図的に違えたのかはわからない。こちらの in excelsis のメロディーのほうが、落ち着いた気分になる。

バードの3声のミサ曲から「サンクトゥス」を聴く2020/05/28 23:00

バードの3声のミサ曲から「サンクトゥス」
3声のミサ曲から「サンクトゥス」を聴く。クレドに比べると短いが、なぜかここの gloria tua の入りは久しぶりに聴いて思い出した。なぜなんだろう。低声から出てちょっとつっかかる感じで高声がかぶさる箇所の印象が強かったのだろうか。

バードの3声のミサ曲から「クレド」を聴く2020/05/27 20:32

バードの3声のミサ曲から「クレド」
バードの3声のミサ曲から「クレド」である。ミサ通常文のクレドは他の通常文に比べて最も長い。昔、この曲のレコードを何度も聴いて耳について離れなかったのは、キリエの冒頭と、クレドの末尾(上記の譜例参考)だった。高声と低声で156小節アウフタクトから et vitam venturi saeculi と十度でハモリ、中声が追いかけるところだ。他にもかっこいい箇所がいくつもあるはずなのに、ここだけ何十年も忘れずに記憶していたのが不思議だ。

バードの3声のミサ曲から「グローリア」を聴く2020/05/26 21:11

バードの3声のミサ曲から「グローリア」
バードの3声のミサ曲から「グローリア」である。こちらはミサ通常文はかなり長いから、より多くの節が交錯してすばらしさもまた格別である。私としては気になるのは、上記譜面であげた高声の53小節、(mi-se-)re-re no-(bis)の no が突っ込んで入ってきているところだ。ここにバードの遊び心を感じる。このツッコミは1小節半遅れて中声と低声に受け継がれる。

さて、すばらしいといっても私の目に浮かぶのは黴臭くかつ埃臭い、そして辛気臭い、古くからある、しかし響きがいい教会の内部である。私はそんな教会に行ったことはないのでいい加減なことを言っているが、神というものを感じさせるのには音楽は格好の手段ではないかと思う。

バードの3声のミサ曲から「キリエ」を聴く2020/05/25 23:00

バードの3声のミサ曲から「キリエ」
きのうまででバードの4声のミサ曲を思い出した。今度は3声のミサ曲だ。久しぶりに聴いてみた。実にいい。キリエなんて、上の譜例に挙げただけで終わりだ。普通に歌えば90秒もかからない。バードの書き方は、4声のミサ曲でも3声だけ歌って残りの1声はお休みという箇所がけっこうあるのが驚きだった。つまり、4声で初めて充足するという書法ではなく、3声で充足していて残り1声が遊びにまわっていたのだった。

ということだと、3声のミサ曲では遊びがないことになるが、その遊びのなさが引き締まった印象を与えている。私にこのバードのミサ曲のすばらしさを教えてくれたのはもう30年以上前になると思うが合唱団のOさんだった。「バードのミサ曲はどれもいい。特に3声のミサは絶品だ」といっていたのは本当だった。