日本音楽コンクールの課題曲にケチをつける2017/07/25 22:59

日本音楽コンクールの課題曲を見た(2017年度、第86回)
以下、引用する。

<引用ここから>

第1予選

次の(a)~(f)より1曲を選択し、演奏すること。
ただし、(f)の主題以外、繰り返しをしないこと。進行の都合で演奏をカットすることがある。

(a)Beethoven: 32の変奏曲 WoO .80
(b)Beethoven: 自作主題による6つの変奏曲 op.34
(c)Schubert: 即興曲集op.142、D.935より第3番
(d)Schumann: アベッグ変奏曲 op.1
(e)Brahms: 自作主題による変奏曲 op.21-1
(f)Brahms: パガニーニの主題による変奏曲第2集 op.35-2

第2予選

次の(a)~(c)を17~20分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。

(a)Chopin、Liszt、Debussy、Rachmaninoff、Scriabin、Bartók 、Prokofieff、Ligeti、間宮芳生の練習曲より1曲を選び演奏する。
(b)Chopinの作品より1曲あるいは複数曲を、6分以上演奏する。練習曲を除く。抜粋も認める。
(c)下記の作曲家より1人を選び、1曲あるいは複数曲を演奏する。練習曲を除く。抜粋も認める。
  Fauré、Debussy、Ravel

第3予選

次の(a)と(b)を35~45分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。

(a)J. S. Bach(オリジナル曲)、Haydn、Mozart、Beethoven の作品から任意の1曲。
(b)下記の作曲家より1人を選び、1曲あるいは複数曲を演奏する。
  Schubert、Chopin、Schumann、Liszt、Brahms、Franck

本選

下記のピアノと管弦楽のための作品の中から各自選択した1曲を演奏すること。

【Mozart】
Piano concerto No.9 E flat major K.271
Piano concerto No.20 D minor K.466
Piano concerto No.21 C major K.467
Piano concerto No.22 E flat major K.482
Piano concerto No.23 A major K.488
Piano concerto No.24 C minor K.491
Piano concerto No.25 C major K.503
Piano concerto No.26 D major K.537
Piano concerto No.27 B flat major K.595
【Beethoven】
Piano concerto No.1 C major op.15
Piano concerto No.3 C minor op.37
Piano concerto No.4 G major op.58
Piano concerto No.5 E flat major op.73
【Chopin】
Piano concerto No.1 E minor op.11
Piano concerto No.2 F minor op.21
【Schumann】
Piano concerto A minor op.54
【Liszt】
Piano concerto No.1 E flat major
Piano concerto No.2 A major
【Brahms】
Piano concerto No.1 D minor op.15
Piano concerto No.2 B flat major op.83
【Saint-Saëns】
Piano concerto No.2 G minor op.22
Piano concerto No.5 F major op.103
【Tchaikovsky】
Piano concerto No.1 B flat minor op.23
【Rachmaninoff】
Piano concerto No.2 C minor op.18
【Ravel】
Piano concerto G major
【Bartók】
Piano concerto No.3
【Prokofieff】
Piano concerto No.3 C major op.26

<引用ここまで>

なんでも、本選の協奏曲から下記の曲が削られたという。
・ラフマニノフ 協奏曲第3番
・ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲
・プロコフィエフ 協奏曲第2番

これらはロシア重厚ものであり、昨今のコンクール覇者はこれらの曲に偏りすぎるから、ということであった。

うーむ、どうなのかなあ。重厚ということならブラームスの2番なんて群を抜くしなあ。
それから、有名な協奏曲でも入っていないのがあるなあ(グリーグ)。どうしてだろう。バルトークは、なぜ3番だけなのだろう。モーツァルトの26番は、他に比べてちょっと劣るのになあ。

堀米ゆず子 ヴァイオリンリサイタル2017/07/15 21:38

堀米ゆず子のヴァイオリンリサイタルに行ってきた。曲目は次の通り。

バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第3番 ホ長調
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 op.24 「春」
       (休憩)
三善晃:ヴァイオリンのための鏡
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
ラヴェル:ハバネラ形式の賞品
ファリャ:スペイン舞曲

場所は越谷サンシティホール(小ホール)、ピアノは津田裕也であった。客席の入りは7、8割というところだろうか。ちょっと残念である。

最初のバッハは、チラシでは「バッハ:チェンバロ協奏曲第3番ニ長調」と書かれていた。ヴァイオリンのリサイタルなのにチェンバロ協奏曲というのはおかしいということに、主催者は気が付かなかったのだろうか。

ともあれ、久しぶりにバッハのチェンバロ付きソナタを聞けたのはよかった。第1楽章のアダージョのトリルのあたりで音程が甘い部分があったが、そんなことは大したことはない。第2楽章のフーガはほほえましい動機で、そういえば数十年前はよくこの曲を聞いていたなあ、と懐かしくなった。バッハのヴァイオリン曲は無伴奏ばかり取り上げられるが、このチェンバロと一体となったソナタももっと取り上げて欲しい。

ベートーヴェンの「春」。初夏の暑いさなかに取り上げられましたが、いいですね。思わず私も、第1楽章が終わった時点で拍手してしまいましたよ。

休憩のあとは司会の岡部真一郎さんが堀米さんと津田さんにインタビューをしていた。堀米さんは津田さんにごちそうをしたことがあって、そのときはグラタンだかドリアだかを振舞ったのだが、白トリュフを手に入れて米びつにしまっておいたのだそうだ。ブリュッセルに住んでいると高貴になるのかなあ。

インタビューのあとは三善晃のヴァイオリンのための鏡。いやあ、日本の現代曲の典型に聞こえた以上の感想は持ち得なかったが、あえていえば、最弱音の美音にしびれた。

そしてドビュッシー。私はこの曲を楽しみにしていた。あの極悪非道のドビュッシーがこんなに心を揺さぶる曲を書くなんて信じられない、といつも思っているのだが、今回もまさにそうだった。
そして、ラヴェルの小品をはさんでファリャのスペイン舞曲、たぶん「はかない人生」からのあれだろうな、とおもっていたら、やっぱりあれだった。演奏効果バツグンですね。

全体的に、他の若いヴァイオリニストより肩の力が抜けていて、すっきり聞けました。それでも疲れましたが。

アンコールは3曲、クライスラーのウィーン奇想曲、同じくクライスラーの中国の太鼓(中国の大国とか中国の対抗ではないことに注意)、そして最後はバッハ=ヴィルヘルミの「G線上のアリア」でした。いわゆる原曲ではなく、ハ長調の、本当にメロディーがG線だけで奏でられました。

越谷市民交響楽団の演奏を聞きに行く2017/06/10 22:51

越谷市民交響楽団の演奏を聞きに行った。

イッポリト・イワーノフの「コーカサスの風景」は終曲は有名だが、その他の曲はあまり聴いたことがない。このたび聞いて、ヴィオラが絶品だった。

チャイコフスキーの「悲愴」は、昔ピアノ連弾でも取り組んだから面白かった。第1楽章の展開部前のところは、オリジナル通り、ファゴットでやっていたからppより小さくはなっていなかったように思う。

でも、オーケストラっていいですね。ぼくはうまくないから入れないけれど。

うぐいすの会2017/06/10 15:48

うぐいすの会の練習に千葉まで行ってきた。ピアノの伴奏に行ってきた。

TIS インテックグループ楽友会 アンサンブル大会2017/06/03 23:59

ブラームスの三重奏曲
私はTIS インテックグループ楽友会というところに所属している。ここではチェロを弾いているのだが、年に一回お遊びっぽいアンサンブル大会をしている。あくまで内輪だから人を呼ぶことは(ほとんど)していない。

さて今年はというと、チェロで参加しただけでなく、ピアノでも初参加したのだった。楽友会は管楽器のほうがどちらかというと多く、実際にアンサンブルも管楽器主体なのだが、今回はピアノをやらせてくれと若人二人に声をかけて、ブラームスのホルン三重奏曲に挑戦することにした。緩ー急ー緩ー急の4楽章構成で、一団体当たり持ち時間は10分以内だからどれにするか迷った。俺が覚えているのは第2楽章と第4楽章なので、第4楽章をやってみることにした。

いざさらってみたらこれが難しいの何の。何度も諦めたが言い出しっぺだから引くわけにはいかない(し弾かなければいけない)。

本番はどうだったかというと、展開部の終わりのあたりで事故が起こった。バイオリンが休んで、ピアノとの掛け合いでホルンがロングトーンでのどかな感じを醸し出す絶好のフレーズがあったのだが、そのあたりでアンサンブルが乱れてしまった。ホルニストは本当に悔しがっていた。私も、そのホルンのただならぬ雰囲気を感じ取ってしまいよろけてしまったのでいわゆる正帰還の不安定モードに突入してしまったのだろう。

ちなみに、そのときの写真はこんな感じでした。場所は高島平であった。

早川正昭の「日本の四季」より「秋」2017/05/25 21:51

早川正昭氏の「バロック風 日本の四季」は、弦楽合奏の貴重なレパートリーとして定着している。名前の通り、春、夏、秋、冬の4曲からなる。各曲はどれも3楽章形式となっている。バロック風、という前振りは、編曲手法がバロック的であるということに加え、実際に模倣した先人の作品もある。そして日本の四季ということは、季節にちなんだ日本の童謡や唱歌、歌曲を基にしていることを意味する。

さて、このたび八重洲室内アンサンブルで「秋」を取り上げることになった。この「秋」は、どんな作品を模倣しているのだろうか。なお、「秋」は第1楽章と第3楽章がヘ長調、第2楽章がニ短調である。

第1楽章は「虫の声」である。バロック作品で引用しているのは、まずヘンデルの合奏協奏曲ニ長調Op.6-5の第5楽章冒頭である。この冒頭はどちらも「ソミラ」で始まるので、作曲者がはめ込んだのだろう。なんとなくおかしい。そしてもう一つ、ヴィヴァルディの本家「四季」の「春」の第1楽章の中間部、16分音符でそよかぜを表す音形が、この「虫の声」では冒頭主題の一種の変奏になっている。

第2楽章は「荒城の月」である。ただ、私の限られた知識では基となるバロック作品がわからない。シチリアーナであることは確かで、ヘンデルの合奏協奏曲ハ短調Op.6-8の第5楽章が近いと思うのだが、確証はない。

第3楽章は「村祭り」。もとのイメージが強く、背景のバロック曲が浮かんでこない。それでも、中間部、短調に転調した部分で聞こえてくるのは、やはりヘンデルの合奏協奏曲である。おそらく、ニ短調Op.6-10の冒頭ではあるまいか。ヘンデルのこの原曲はフランス風序曲だから付点が強烈な印象を与えるのだが、村祭りのなかに織り込まれるとそのリズムの印象が和らいでいる。

楽譜を掲げたいが、早川氏の日本の四季には著作権がある。もととなるバロック曲のほうは追って掲げてみたい。

スーパー・コモロ・ウインド・オーケストラ 第1回演奏会2017/04/29 23:16

スーパー・コモロ・ウインド・オーケストラ 第1回演奏会に行ってきた。場所は上田市交流文化芸術センター サントミューゼ大ホール。小諸だから小諸市なのかなあ、と思っていたが、いろいろあるのでしょう。
演目は次の通り。

第1部
吹奏楽オリジナル作品の響き
リード/春の猟犬
ウィテカー/オクトーバー
天野正道/ラ・フォルム・ドゥ・シャク・アムール・ションジュ・ル・カレイドスコープ

第2部
我が青春の吹奏楽
バーンズ/アルヴァマー序曲
酒井格/たなばた
青春の吹奏楽メドレー

私自身が吹奏楽出身ではないので、なかなかオリジナルの世界に入っていくことができない。これは、何も知らない人が管弦楽でベートーベンだブラームスにたいして怯える人と同じなのだろう。やっと気持ちがわかった。

そうはいっても、リードの春の猟犬は吹奏楽の有名な曲であること、バーンズのアルヴァマー序曲は私が参加する吹奏楽・管弦楽共存の楽友会で取り上げられたこともあって、多少は馴染みができているようになった。

それにしても驚いたのは、酒井格のたなばた。若いうちで、これだけよくいろいろな楽器が活躍する楽しい曲が書けたのだろうか。感心すると同時に嫉妬がむらむらと湧く。

それはともかく、アンコールは「宝島」であった。そうこうないとね。

荘村清志&福田進一ギターデュオ・リサイタル2017/03/04 23:33

南越谷サンシティホールで、ギターリサイタルを聴いた。曲目は以下の通り。

  • T.アルビノーニ~R.ジャゾット(A.ラゴヤ編):アダージョ
  • F.ソル:幻想曲op.54 ※出演者の希望により当初発表しておりましたF.ソル:2人の友op.41から変更となりました。
  • F.サイ:リキアの王女

  ------休憩------

  • 武満徹:エキノクス ※荘村清志ソロ
  • 武満徹:ギターのための12の歌より“早春賦(中田章)”、“サマータイム(ガーシュイン)” ※福田進一ソロ
  • E.モリコーネ(鈴木大介編):ニュー・シネマ・パラダイス
  • S.マイヤース(鈴木大介編):カヴァティーナ
  • F.タレガ(J.サグレラス編):アルハンブラの思い出
  • M.ファリャ(E.ブホール編):スペイン舞曲-オペラ「はかなき人生」より
  • F.プーランク(福田進一編):エディット・ピアフを讃えて-「15の即興曲」より
  • 久石譲:Shaking Anxiety and Dreamy Globe

ギターの二重奏を聴くのは、村治佳織と渡辺香津美以来何年ぶりだろうか。あのときは同じサンシティの大ホールだったが、今回は小ホールだ。安心できる。

前半はリラックスすることにした。ギターのアダージョは物足りない気がするのだが、それはずっとオルガンと弦楽の版で聴いてきたせいなのだろう。ファジル・サイの曲は初めて聴いた。現代音楽していないのが気楽でよい。

休憩後はまずお二人の話をきく時間帯がある。並んで話をしているとこの二人は漫才師かと思いますね。

話のあとはそれぞれのソロのあといろいろな曲(当人たち曰く、たくさんのアンコールピース)を披露してくれた。私にはギターの巧拙などわからないが、芸風の違いははっきりとわかり、一人より二人がいいなあと暖かい気持ちになった。

アンコールは2曲、「星に願いを」とカルリ(Carulli) の Largo e Rondo op.34 より Rondo であった。

うぐいすの会2017/02/05 22:46

うぐいすの会という合唱団がある。 ここで混声合唱の伴奏をした。 アカペラの男声合唱のも飛び入りで歌った。 八木重吉の詩、多田武彦の曲による「雨」である。

新日本フィルの武満徹2017/01/26 23:07

新日本フィルハーモニー交響楽団による武満徹の作品を聴いた。場所はサントリーホール、指揮は井上道義。
ジェイド

シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」は、蓄音機で再生された。本当に電気を使っていないということが信じられないほど、済んで直接感じることができた。否、電気を使っていないからかもしれない。

「死んだ男の残したものは」は、 武満が残した作品の中で私が最初に聴いたものだ。 いつかというと、私が小学校4年生のときである。 担任の Y 先生は音楽の時間になると (音楽の時間以外でも時間割を無視して) フォークギターで弾き語りをした。 高石ともやの「受験生ブルース」とか、 ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」とか、 今となっては考えられないほど自由な時間で、 その中に谷川俊太郎作詞、武満徹作曲のこの歌があった。 この場で久しぶりに聞いて、当時のことを思い出した。 前半は <死んだ***の残したものは……他には何も残(さ|せ)なかった……>の変奏である。 括弧内、 正規表現の[さ]から[せ]の転換を Y 先生から教えてもらった時の寒気が、このとき蘇った。 歌は大竹しのぶで、想いがこもっていてしかも自然に感じられた。

2つのレント(抜粋)とリタニは、ピアノ独奏曲である。 リタニは2つのレントの改作ということを初めて聞いた。 私の中では、2つのレントのほうが有名で、 それはある評論家の「音楽以前」という誹謗ゆえであり、 音楽そのものはほとんど知らなかった。 2つのレントとリタニを聴き比べてみると、 抜粋部分だけでいえば、「レント」のほうがとんがっていた、 という印象を受けた。 それは若書きだということでの偏見でないといいのだが。 リタニのほうはというと、 ドビュッシーが当時生きていたらこんな音楽を書いたのではないか、 というほど似ていた。

次は、弦楽のためのレクイエムである。 私にはこの曲が一番合っていた。というのも、 私が弦楽合奏団に長くいたことで、 弦楽合奏という形態になじんでいたからである。

さて、井上道義は武満についてこう解説していた。 彼の気分や作品は両端に荷物をぶらさげた天秤棒のようなもので、 憂きほうに作用するときもあれば、 反対の喜びに作用することもある、と。 最近物覚えが悪くなったので以上のことばは不正確だが、 大意はこのようなものだ。 そして、弦楽のためのレクイエムが一方の憂きほうなら、 次のグリーンはその反対にあるものだという。 そして井上の次のことばには驚いた。 当時の武満は、 ノヴェンバー・ステップスとグリーンを並行して作曲していたが、 ノヴェンバー・ステップスはあまり好きではない、 と武満はいっていたそうだ。 井上は、 ノヴェンバー・ステップスとグリーンは両天秤ではないか、 という。 さて、俺の感想はといえば、まあ、たしかに明るい。 しかし、その明るさがどのようなものかを表現する力は、俺にはない。

休憩20分のあと、カトレーン(オ-ケストラ版)が演奏された。 バイオリン、チェロ、クラリネット、 ピアノを独奏楽器群としたオーケストラ曲である。 こちらは、クラリネットという管楽器、バイオリンとチェロという弦楽器、 ピアノという鍵盤楽器のそれぞれの空気感が、 これほどまでに異質なものだとは思わなかったという驚きだった。 クラリネットは直接耳に来るが、2つの弦楽器は空気全体から聞こえる。 ピアノは、 複数の指向性の強いスピーカーがあちこちで反響した結果として届いていた (これは唸りを生じているということではない)。 さて作品として何を感じたかということについてだが、 語るべきことばを私には持たない。

事実上の最後として、「鳥は星形の庭に降りる」が奏された。 解説で井上道義が、岩城宏之から聞いた話を紹介していた。 岩城はオーストラリアのメルボルンでこの曲を演奏したが、 英語の A Flock はオーストラリアでは羊の一群のことを指すので、 オーストラリア人にはイメージがわかなかったとのこと。 題名も苦労するものである。 そして井上は、「カトレーン」とこの曲は決めが凄い、 と絶賛していた。この意味がわからなかったが、 たしかに、「カトレーン」とこの「鳥は……」は、 終わり方に心を動かされた。 そういうバイアスが井上によってかけられたからかもしれないが、 それはそれでよかったと思っている。

さきほど「事実上の最後」と書いたが、 これはプログラムの残り2曲はアンコール相当なので、 と井上が言ったことによる。

訓練と休息の音楽 −『ホゼー・トレス』より − と、 ワルツ −『他人の顔』より−は2つとも、 <3つの映画音楽>という弦楽オーケストラのための作品である。 弦楽でも凝ったことができるのだという、 稚拙な鑑賞態度はいけませんね。

最後のワルツは、 最近気になっているナポリの六度が効果的に用いられている。 そういえば蓄音機の次に紹介された最初の歌 「死んだ男の残したものは」の編曲も、 メロディーの最後にナポリの六度を使っていた。 そこまで考えてのことなのだろうか。