TIS インテックグループ楽友会 アンサンブル大会2017/06/03 23:59

ブラームスの三重奏曲
私はTIS インテックグループ楽友会というところに所属している。ここではチェロを弾いているのだが、年に一回お遊びっぽいアンサンブル大会をしている。あくまで内輪だから人を呼ぶことは(ほとんど)していない。

さて今年はというと、チェロで参加しただけでなく、ピアノでも初参加したのだった。楽友会は管楽器のほうがどちらかというと多く、実際にアンサンブルも管楽器主体なのだが、今回はピアノをやらせてくれと若人二人に声をかけて、ブラームスのホルン三重奏曲に挑戦することにした。緩ー急ー緩ー急の4楽章構成で、一団体当たり持ち時間は10分以内だからどれにするか迷った。俺が覚えているのは第2楽章と第4楽章なので、第4楽章をやってみることにした。

いざさらってみたらこれが難しいの何の。何度も諦めたが言い出しっぺだから引くわけにはいかない(し弾かなければいけない)。

本番はどうだったかというと、展開部の終わりのあたりで事故が起こった。バイオリンが休んで、ピアノとの掛け合いでホルンがロングトーンでのどかな感じを醸し出す絶好のフレーズがあったのだが、そのあたりでアンサンブルが乱れてしまった。ホルニストは本当に悔しがっていた。私も、そのホルンのただならぬ雰囲気を感じ取ってしまいよろけてしまったのでいわゆる正帰還の不安定モードに突入してしまったのだろう。

ちなみに、そのときの写真はこんな感じでした。場所は高島平であった。

早川正昭の「日本の四季」より「秋」2017/05/25 21:51

早川正昭氏の「バロック風 日本の四季」は、弦楽合奏の貴重なレパートリーとして定着している。名前の通り、春、夏、秋、冬の4曲からなる。各曲はどれも3楽章形式となっている。バロック風、という前振りは、編曲手法がバロック的であるということに加え、実際に模倣した先人の作品もある。そして日本の四季ということは、季節にちなんだ日本の童謡や唱歌、歌曲を基にしていることを意味する。

さて、このたび八重洲室内アンサンブルで「秋」を取り上げることになった。この「秋」は、どんな作品を模倣しているのだろうか。なお、「秋」は第1楽章と第3楽章がヘ長調、第2楽章がニ短調である。

第1楽章は「虫の声」である。バロック作品で引用しているのは、まずヘンデルの合奏協奏曲ニ長調Op.6-5の第5楽章冒頭である。この冒頭はどちらも「ソミラ」で始まるので、作曲者がはめ込んだのだろう。なんとなくおかしい。そしてもう一つ、ヴィヴァルディの本家「四季」の「春」の第1楽章の中間部、16分音符でそよかぜを表す音形が、この「虫の声」では冒頭主題の一種の変奏になっている。

第2楽章は「荒城の月」である。ただ、私の限られた知識では基となるバロック作品がわからない。シチリアーナであることは確かで、ヘンデルの合奏協奏曲ハ短調Op.6-8の第5楽章が近いと思うのだが、確証はない。

第3楽章は「村祭り」。もとのイメージが強く、背景のバロック曲が浮かんでこない。それでも、中間部、短調に転調した部分で聞こえてくるのは、やはりヘンデルの合奏協奏曲である。おそらく、ニ短調Op.6-10の冒頭ではあるまいか。ヘンデルのこの原曲はフランス風序曲だから付点が強烈な印象を与えるのだが、村祭りのなかに織り込まれるとそのリズムの印象が和らいでいる。

楽譜を掲げたいが、早川氏の日本の四季には著作権がある。もととなるバロック曲のほうは追って掲げてみたい。

川久保賜紀ヴァイオリンリサイタル2015/05/23 21:50

2015年5月9日、越谷のサンシティホール(小ホール)で行われた、第154回ティータイムコンサートに行ってきた。川久保賜紀のヴァイオリンと江口玲のピアノである。曲目は次の通り。

・クライスラー:プレリュードとアレグロ
・クライスラー:美しきロスマリン
・クライスラー:中国の太鼓
・ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番ヘ長調 Op.24「春」
(休憩)
・武満徹:妖精の距離
・シューマン/リスト編: 献呈*
・スーク: 愛の歌 作品7-1*
・バルトーク:ルーマニア民族舞曲
・サラサーテ:アンダルシアのロマンス Op.22-1
・ラヴェル:ツィガーヌ

(* は江口さんのピアノソロ)

こう書いてしまうと申し訳ないのだが、私が一番期待していたのは冒頭のクライスラーの小品3曲だった。なかなかヴァイオリンの小品というのは実演では聴けないからだ。極端かもしれないが、ラヴェルのツィガーヌとかフランクのソナタのほうがよく聴いているかもしれない。もちろん、ツィガーヌもフランクのソナタも好きだが、やはりクライスラーの曲は好きだから聴きたい。

中国の太鼓やプレリュードとアレグロは実演で初めて聴いた。いやあ、やはりクライスラーは面白い曲を書く面白い人だ。ヴァイオリンとピアノの音を楽しみながら、クライスラーの作品の著作権はもう切れたのだろうか、と下世話なことを考えていた。

その後でベートーヴェンの「春」である。第2楽章あたりから「春眠暁を覚えず」状態になってしまってお二人には申し訳なかったが、タイトルの力ということでご了解願いたい。

後半の武満は面白かったが、このティータイムコンサートで聴ける現代曲の過半数が武満なのが気になる。もっと過激な音楽に遭いたい、とも思う。

江口さんのソロの初めを聴いて、ピアノの音色が独特な響きを広げていたことを認識したのだった。どうやら、1887年製ニューヨーク・スタインウェイ、通称「ローズウッド」らしい。名前からわかるとおり、黒塗りではない。今のピアノに代表される金属的な響きではなく、極端に言えば木魚のような響きのピアノがシューマン=リストによく合っていた。しかし、ソロになって初めて気づくとは鈍くなったものだ。

ピアノの音色は、ツィガーヌでいかんなく発揮されていたようだ。この民族的な雰囲気を持つ曲にぴったりだった。

アンコールは、クライスラーの「愛の悲しみ」だった。アンコール予想当てクイズを自分で回答するのだが、たぶん三部作の残りのどちらかだろうという予想が当たったのには自分でも驚いた。ピアノの江口さんが、メロディーを繰り返し部分でヴァイオリンと後退させて「奪って」いるのに気付き、ほほえましくなった。

川久保さんのヴァイオリンに全く触れなかったのは申し訳ない。のびやかで艶のある、美しい音色を奏でたヴァイオリンだった。

プーランク:クラリネットソナタ2015/02/22 21:17

プーランクは、ソロ管楽器とピアノの組み合わせのソナタを3曲残している。クラリネットソナタはその中の1曲で、フルートソナタとごく近い関係にある。トムとジェリーの音楽と似ているなあ、と思うことしきりである。

プーランク:チェロソナタ2015/02/22 21:00

プーランクは管楽器のソナタが有名だが、ヴァイオリンソナタやチェロソナタも残している。チェロソナタは、他のソナタよりお気楽度が高いようだ。チェロの高貴さを残しつつ、遊び心にあふれている。

ブゾーニのヴァイオリンソナタ2015/02/21 16:58

ブゾーニのヴァイオリンソナタは、第2番ホ短調が作品 36a としてよく知られている。また、第1番ホ短調Op.29 もCDでカップリングされることが多い。番号のないハ長調(1876)もある。

かっこいいのは第2番だが、第1番もなかなかダイナミックで迫力がある。また、習作と思われるハ長調はブゾーニらしさが出ていないためかかえってすっきりとして好感がもてる。

モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタ(K.378)2008/03/30 22:06

今、手元にあって練習している、ソナタ(K.378)変ロ長調を調べてみる。

メロディーは、ピアノ右手から始まる。ヴァイオリンは「r8fdfdfdf」(r8は8分休符)で始まる伴奏である。これをもって、ピアノが優位でヴァイオリンがオブリガートだ、という説もある。しかし、順番のことなど、どうでもよいではないか。

曲想は、ベートーヴェンのヴァイオリンとピアノのためのソナタ第5番を思わせる。ただ、伴奏が面妖だ。9小節めのピアノ右手はbの単音のあと、<fとdの8分音符重音、次にdとbの8分音符重音>、そして、<>内の繰り返しにスラーがかかっている。<>内が困るのは、dが同音連打になっているからだ。こういう書法は、モーツァルトの他のピアノ作品では見たことがない。私の勉強不足かもしれないが、どのようにして滑らかに弾けばよいのか、わからない。

まだ困ることがある。強弱記号のfのあと、すぐにpにするところが頻出する。しかし、fpではない。1拍めの表をfで、裏ですぐpにしろ、という意味だったりする。これが困る。手の制御が困難だ。

展開部では、手の交差も出てくる。

第2楽章、第3楽章は、また後ほど。

モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタ(総論)2008/03/30 21:46

機会があって、モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタのピアノ譜を練習することにした。

まず、モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタ一般について思うところを述べる。

モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタは、実はピアノソナタのヴァイオリンオブリガート付だ、と言われることが多い。今まではそれを鵜呑みにしていたが、最近ちょっと違うのではないか、と思うようになった。

違うというのは、ヴァイオリンとピアノの比重のことである。モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタでは、ヴァイオリンの比重が軽いかもしれないが、それをオブリガートといってはヴァイオリンの存在価値が問われてしまう。オブリガートではなく、ヴァイオリンもピアノと同格の、れっきとした合奏パートなのである。

同じことは、モーツァルト以外のヴァイオリンとピアノのためのソナタにも逆の意味でいえる。通常、日本ではヴァイオリンソナタといっている楽曲は正確にはヴァイオリンとピアノのためのソナタであり、ヴァイオリンもピアノも対等な立場にある。

あるヴァイオリニストのリサイタルで、プログラムにブラームスのヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番(雨の歌)があった。このとき、ヴァイオリニストはもちろんのことだが、ピアニストも暗譜で演奏していた。対等な立場を強調してのことと聞いている。一方、同じリサイタルで、ソナタでない、ヴァイオリンが活躍する小品では、ピアニストは楽譜を置いていた。

ということで、私はモーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタをヴァイオリンソナタとは書かない方針を通そうと思う。比重がピアノ寄りという意味では、ピアノとヴァイオリンのためのソナタ、というのがよいとと思うこともある(事実この標記が一般的だ)。ピアノを後にもってきたのは、ヴァイオリンへの敬意を表すためである。

ヒナステラ:ピアノ五重奏曲2008/02/10 16:16

ヒナステラの曲の中では晦渋。7楽章からなり、全楽器で奏される奇数楽章が、1つまたは2つの楽器でのみ奏されるカデンツァ的な偶数楽章を挟む形式となっている。

第1楽章:十二音の中に、ヒナステラ風のフレーズが顔を出す。
第2楽章:ヴィオラとチェロの二重奏。ヴィオラの高まりがすばらしい。
第3楽章:弦に支えられピアノが高音で煌く。
第4楽章:ヴァイオリンの喧嘩の趣。
第5楽章:断裂したピアノと弦の響きにより、静かさが強調される。
第6楽章:ピアノが暴れている。
第7楽章:全楽器が咆哮する。

全曲を通して、メロディやリズムによらない、抽象的な喧騒や美感を打ち出そうとしているように私には聞こえた。

これが成功しているかは私にはわからない。ヒナステラの曲は、初期の人懐こい曲想から中期以降変容し、苦く、難しく感じられるようになる。おせっかいを承知で言えば、私の好きな作曲家であるフォーレにも通じる傾向である。

マルティヌー:2つのヴァイオリンとピアノのためのソナタ2008/01/27 15:47

第1楽章は、スカルラッティかクープランの作品に出てきそうな単純な音型。しかしあとであれよあれよと五音音階などに変容していく。

第2楽章は、実質緩徐楽章とフィナーレの2部。冒頭は、今度はバッハのインベンションが始まったかのようだ。フィナーレのアレグロはしゃべりたい放題で豊かだ。