堀米ゆず子 ヴァイオリンリサイタル2017/07/15 21:38

堀米ゆず子のヴァイオリンリサイタルに行ってきた。曲目は次の通り。

バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第3番 ホ長調
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 op.24 「春」
       (休憩)
三善晃:ヴァイオリンのための鏡
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
ラヴェル:ハバネラ形式の賞品
ファリャ:スペイン舞曲

場所は越谷サンシティホール(小ホール)、ピアノは津田裕也であった。客席の入りは7、8割というところだろうか。ちょっと残念である。

最初のバッハは、チラシでは「バッハ:チェンバロ協奏曲第3番ニ長調」と書かれていた。ヴァイオリンのリサイタルなのにチェンバロ協奏曲というのはおかしいということに、主催者は気が付かなかったのだろうか。

ともあれ、久しぶりにバッハのチェンバロ付きソナタを聞けたのはよかった。第1楽章のアダージョのトリルのあたりで音程が甘い部分があったが、そんなことは大したことはない。第2楽章のフーガはほほえましい動機で、そういえば数十年前はよくこの曲を聞いていたなあ、と懐かしくなった。バッハのヴァイオリン曲は無伴奏ばかり取り上げられるが、このチェンバロと一体となったソナタももっと取り上げて欲しい。

ベートーヴェンの「春」。初夏の暑いさなかに取り上げられましたが、いいですね。思わず私も、第1楽章が終わった時点で拍手してしまいましたよ。

休憩のあとは司会の岡部真一郎さんが堀米さんと津田さんにインタビューをしていた。堀米さんは津田さんにごちそうをしたことがあって、そのときはグラタンだかドリアだかを振舞ったのだが、白トリュフを手に入れて米びつにしまっておいたのだそうだ。ブリュッセルに住んでいると高貴になるのかなあ。

インタビューのあとは三善晃のヴァイオリンのための鏡。いやあ、日本の現代曲の典型に聞こえた以上の感想は持ち得なかったが、あえていえば、最弱音の美音にしびれた。

そしてドビュッシー。私はこの曲を楽しみにしていた。あの極悪非道のドビュッシーがこんなに心を揺さぶる曲を書くなんて信じられない、といつも思っているのだが、今回もまさにそうだった。
そして、ラヴェルの小品をはさんでファリャのスペイン舞曲、たぶん「はかない人生」からのあれだろうな、とおもっていたら、やっぱりあれだった。演奏効果バツグンですね。

全体的に、他の若いヴァイオリニストより肩の力が抜けていて、すっきり聞けました。それでも疲れましたが。

アンコールは3曲、クライスラーのウィーン奇想曲、同じくクライスラーの中国の太鼓(中国の大国とか中国の対抗ではないことに注意)、そして最後はバッハ=ヴィルヘルミの「G線上のアリア」でした。いわゆる原曲ではなく、ハ長調の、本当にメロディーがG線だけで奏でられました。

TIS インテックグループ楽友会 アンサンブル大会2017/06/03 23:59

ブラームスの三重奏曲
私はTIS インテックグループ楽友会というところに所属している。ここではチェロを弾いているのだが、年に一回お遊びっぽいアンサンブル大会をしている。あくまで内輪だから人を呼ぶことは(ほとんど)していない。

さて今年はというと、チェロで参加しただけでなく、ピアノでも初参加したのだった。楽友会は管楽器のほうがどちらかというと多く、実際にアンサンブルも管楽器主体なのだが、今回はピアノをやらせてくれと若人二人に声をかけて、ブラームスのホルン三重奏曲に挑戦することにした。緩ー急ー緩ー急の4楽章構成で、一団体当たり持ち時間は10分以内だからどれにするか迷った。俺が覚えているのは第2楽章と第4楽章なので、第4楽章をやってみることにした。

いざさらってみたらこれが難しいの何の。何度も諦めたが言い出しっぺだから引くわけにはいかない(し弾かなければいけない)。

本番はどうだったかというと、展開部の終わりのあたりで事故が起こった。バイオリンが休んで、ピアノとの掛け合いでホルンがロングトーンでのどかな感じを醸し出す絶好のフレーズがあったのだが、そのあたりでアンサンブルが乱れてしまった。ホルニストは本当に悔しがっていた。私も、そのホルンのただならぬ雰囲気を感じ取ってしまいよろけてしまったのでいわゆる正帰還の不安定モードに突入してしまったのだろう。

ちなみに、そのときの写真はこんな感じでした。場所は高島平であった。

スーパー・コモロ・ウインド・オーケストラ 第1回演奏会2017/04/29 23:16

スーパー・コモロ・ウインド・オーケストラ 第1回演奏会に行ってきた。場所は上田市交流文化芸術センター サントミューゼ大ホール。小諸だから小諸市なのかなあ、と思っていたが、いろいろあるのでしょう。
演目は次の通り。

第1部
吹奏楽オリジナル作品の響き
リード/春の猟犬
ウィテカー/オクトーバー
天野正道/ラ・フォルム・ドゥ・シャク・アムール・ションジュ・ル・カレイドスコープ

第2部
我が青春の吹奏楽
バーンズ/アルヴァマー序曲
酒井格/たなばた
青春の吹奏楽メドレー

私自身が吹奏楽出身ではないので、なかなかオリジナルの世界に入っていくことができない。これは、何も知らない人が管弦楽でベートーベンだブラームスにたいして怯える人と同じなのだろう。やっと気持ちがわかった。

そうはいっても、リードの春の猟犬は吹奏楽の有名な曲であること、バーンズのアルヴァマー序曲は私が参加する吹奏楽・管弦楽共存の楽友会で取り上げられたこともあって、多少は馴染みができているようになった。

それにしても驚いたのは、酒井格のたなばた。若いうちで、これだけよくいろいろな楽器が活躍する楽しい曲が書けたのだろうか。感心すると同時に嫉妬がむらむらと湧く。

それはともかく、アンコールは「宝島」であった。そうこうないとね。

新日本フィルの武満徹2017/01/26 23:07

新日本フィルハーモニー交響楽団による武満徹の作品を聴いた。場所はサントリーホール、指揮は井上道義。
ジェイド

シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」は、蓄音機で再生された。本当に電気を使っていないということが信じられないほど、済んで直接感じることができた。否、電気を使っていないからかもしれない。

「死んだ男の残したものは」は、 武満が残した作品の中で私が最初に聴いたものだ。 いつかというと、私が小学校4年生のときである。 担任の Y 先生は音楽の時間になると (音楽の時間以外でも時間割を無視して) フォークギターで弾き語りをした。 高石ともやの「受験生ブルース」とか、 ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」とか、 今となっては考えられないほど自由な時間で、 その中に谷川俊太郎作詞、武満徹作曲のこの歌があった。 この場で久しぶりに聞いて、当時のことを思い出した。 前半は <死んだ***の残したものは……他には何も残(さ|せ)なかった……>の変奏である。 括弧内、 正規表現の[さ]から[せ]の転換を Y 先生から教えてもらった時の寒気が、このとき蘇った。 歌は大竹しのぶで、想いがこもっていてしかも自然に感じられた。

2つのレント(抜粋)とリタニは、ピアノ独奏曲である。 リタニは2つのレントの改作ということを初めて聞いた。 私の中では、2つのレントのほうが有名で、 それはある評論家の「音楽以前」という誹謗ゆえであり、 音楽そのものはほとんど知らなかった。 2つのレントとリタニを聴き比べてみると、 抜粋部分だけでいえば、「レント」のほうがとんがっていた、 という印象を受けた。 それは若書きだということでの偏見でないといいのだが。 リタニのほうはというと、 ドビュッシーが当時生きていたらこんな音楽を書いたのではないか、 というほど似ていた。

次は、弦楽のためのレクイエムである。 私にはこの曲が一番合っていた。というのも、 私が弦楽合奏団に長くいたことで、 弦楽合奏という形態になじんでいたからである。

さて、井上道義は武満についてこう解説していた。 彼の気分や作品は両端に荷物をぶらさげた天秤棒のようなもので、 憂きほうに作用するときもあれば、 反対の喜びに作用することもある、と。 最近物覚えが悪くなったので以上のことばは不正確だが、 大意はこのようなものだ。 そして、弦楽のためのレクイエムが一方の憂きほうなら、 次のグリーンはその反対にあるものだという。 そして井上の次のことばには驚いた。 当時の武満は、 ノヴェンバー・ステップスとグリーンを並行して作曲していたが、 ノヴェンバー・ステップスはあまり好きではない、 と武満はいっていたそうだ。 井上は、 ノヴェンバー・ステップスとグリーンは両天秤ではないか、 という。 さて、俺の感想はといえば、まあ、たしかに明るい。 しかし、その明るさがどのようなものかを表現する力は、俺にはない。

休憩20分のあと、カトレーン(オ-ケストラ版)が演奏された。 バイオリン、チェロ、クラリネット、 ピアノを独奏楽器群としたオーケストラ曲である。 こちらは、クラリネットという管楽器、バイオリンとチェロという弦楽器、 ピアノという鍵盤楽器のそれぞれの空気感が、 これほどまでに異質なものだとは思わなかったという驚きだった。 クラリネットは直接耳に来るが、2つの弦楽器は空気全体から聞こえる。 ピアノは、 複数の指向性の強いスピーカーがあちこちで反響した結果として届いていた (これは唸りを生じているということではない)。 さて作品として何を感じたかということについてだが、 語るべきことばを私には持たない。

事実上の最後として、「鳥は星形の庭に降りる」が奏された。 解説で井上道義が、岩城宏之から聞いた話を紹介していた。 岩城はオーストラリアのメルボルンでこの曲を演奏したが、 英語の A Flock はオーストラリアでは羊の一群のことを指すので、 オーストラリア人にはイメージがわかなかったとのこと。 題名も苦労するものである。 そして井上は、「カトレーン」とこの曲は決めが凄い、 と絶賛していた。この意味がわからなかったが、 たしかに、「カトレーン」とこの「鳥は……」は、 終わり方に心を動かされた。 そういうバイアスが井上によってかけられたからかもしれないが、 それはそれでよかったと思っている。

さきほど「事実上の最後」と書いたが、 これはプログラムの残り2曲はアンコール相当なので、 と井上が言ったことによる。

訓練と休息の音楽 −『ホゼー・トレス』より − と、 ワルツ −『他人の顔』より−は2つとも、 <3つの映画音楽>という弦楽オーケストラのための作品である。 弦楽でも凝ったことができるのだという、 稚拙な鑑賞態度はいけませんね。

最後のワルツは、 最近気になっているナポリの六度が効果的に用いられている。 そういえば蓄音機の次に紹介された最初の歌 「死んだ男の残したものは」の編曲も、 メロディーの最後にナポリの六度を使っていた。 そこまで考えてのことなのだろうか。

河村尚子 ピアノリサイタル2017/01/14 17:13

南越谷サンシティホールで、河村尚子のピアノリサイタルを聴いた。曲目は以下の通り。

  • モーツァルト ピアノソナタ ヘ長調 K.332
  • メシアン 前奏曲集より「鳩」
  • ベートーヴェン ピアノソナタ第32番ハ短調 Op.111
  • ショパン 前奏曲集 Op.28

モーツァルトはあくまで軽く、心地良い流れの演奏だった。

メシアンはごく初期の作品でむしろドビュッシーの前奏曲集の香りがした。最後近くのオクターブが後の作品を予感させた。

ベートーヴェンは第一楽章の迫力と第二楽章の多様性が際立っていた。

ショパンの前奏曲集を通しで聞くのは別のピアニストでもあり、 今回が確か3度めである。河村さんはさすがの迫力であり、 第17番のクライマックスでの低音の厚み、 第24番でのたたみかける力には圧倒された。 ただ、私の好みの第5番が少し崩れてしまったのが残念だった。

アンコールはスカルラッティのソナタ ヘ長調 K.17 。 絶品であった。

TISインテックグループ楽友会 第3回演奏会2017/01/08 23:59

TISインテックグループ楽友会による第3回演奏会が、 北とぴあのさくらホールで開かれた。 私は第1部の吹奏楽を聴いた。 第2部の管弦楽では舞台に乗った。お越しになった方々に感謝する。

第1部の吹奏楽は、 昨年この楽友会が初めて吹奏楽コンクールに出た時の課題曲と自由曲から始まった。 そして、アフリカンシンフォニー、シング・シング・シングと続き、 伝説のアニメメドレーで締めくくった。
私は楽友会の会員であり、第2部に出るということもあるので、 客席ではなく楽屋のモニターから見聞きしていた。 吹奏楽は、管弦楽より派手でかっこいい。そこをうらやましく思った。 もっとも、吹奏楽の人たちは、 管弦楽でやってみたいという人も多いだろう。

第2部は私がチェロで舞台に出た。「こうもり」序曲、 ダッタン人の踊り、組曲「眠りの森の美女」という、 クラシック好きには知られている曲である。 チェロの出来は他の人はともかく、私はまだまだであった。 眠りの森の美女の最後のワルツの旋律を楽譜で示す。

第4回は、2018年1月28日(日曜日)、 ティアラこうとう大ホールで行なう予定である。

ブラームスのピアノ協奏曲2016/12/25 23:20

藤原由紀乃独奏によるブラームスのピアノ協奏曲2曲を聴いた。オーケストラは東京アマデウス管弦楽団、指揮は川崎嘉昭、会場は第一生命ホール(トリトンスクエア)であった。

どちらも高校生の頃初めて聴いて、ブラームスの厚さと凄さを感じてとりこになっていたのだが、実演を聴くことはなかった。今回演奏会で聴いて、その厚さと凄さを実感した。

第1番は冒頭のティンパニのロールに圧倒される。この第1楽章は、おそらくピアノが冒頭で入らない協奏曲では最後のものだろう。それぐらいじらされるのだ。第2楽章、第3楽章も含めて、第1番はピアノとオーケストラの決闘という雰囲気が感じられる。ピアノはちょっとおぼつかない部分はあったけれど、オーケストラとの対決の力がみなぎっていた。

第2番は第1番よりお気楽であるが、力の持続はやはり必要である。クライマックスに行きそうで行かない、というべきだろうか。それとも複数あるクライマックスの尾根伝いを行くコースに例えるべきなのだろうか。第1楽章冒頭のホルン、第3楽章冒頭のチェロはまさにブラームスである。こちらのピアノにもあぶなっかしいところが聞こえてきたが、共同で大きなブラームス山に登っているという楽しさが伝わってきた。

アンコールはプロコフィエフの「トッカータ」。靭性の高い演奏だった。

越谷市民交響楽団 2016 しらこばと音楽祭2016/11/27 17:00

標記の演奏会に行ってきた。場所は越谷サンシティホール大ホール、14:00 開演であった。
プログラムは下記の通り。
ルロイ・アンダーソン そりすべり、シンコペイテッド・クロック、タイプライター、舞踏会の美女
ジョージ・ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー
(休憩)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」

どれも楽しみな曲である。アンダーソンは作曲家の中でプロ中のプロだと思っている。客を喜ばせるツボを心得ているからだ。ガーシュウィンはクラシックという分野を破った功労者だ。そしてベートーヴェンは、そのクラシックの金字塔である。

そりすべりはなぜかクリスマスによく町中で聞こえてくる。そり→雪→サンタクロース→クリスマスという連想だろうか。それはともかく、打楽器群が楽しそうだ。鈴担当と鞭担当がはっきり見えた。あとはシロフォン(木琴)と鉄琴(グロッケンシュピール)もいたかな。ちなみに鞭は本物の鞭ではなくスラップ・スティックである。

シンコペイテッド・クロックはアンダーソンの代表作だ。なぜ断言するのか。それは、シンコペーションという、リズムのずれを最大限に活用したのがアンダーソンだと思うからだ。曲そのものは端正で、この曲そのものにシンコペーションはほとんど出てこない。ウッドブロックつきハイドン交響曲といった趣がある。

タイプライターはひところ、運動会のときによくかかっていた記憶がある(ひょっとしてトランペット吹きの休日と勘違いしているかもしれない)。今回の演奏では、3人の打楽器奏者が独奏者として指揮者の左、前列に登場していた。担当はそれぞれギロ、呼び鈴、そしてタイプライターであった。本当にこの曲も楽しい。

そして舞踏会の美女。私がいた弦楽合奏団でもよく弾いて、演奏効果が高い曲である。こうして私の幸福な時間が終わった。

ラプソディー・イン・ブルーは、なかなか生演奏で聴く機会がなかった。実をいうとあまりにも機会がないもので自分が所属するオーケストラで演奏会の曲目として提案してみたが、却下された。それはともかく、生演奏はいいものだ。私が聴いていた版と違うような気がしたが、そういうものなのだろう。

休憩後の運命は、脂が乗ったものだった。今年の初め、自分が所属するオーケストラで運命を担当して、死ぬほど苦労したのに、もうそんなことを忘れていた。

今まで演奏のことに触れずにいたのは、アマチュアのオーケストラなのであれやこれや言うのはよろしくないだろうと思ったからだ。それでもちょっとだけ記すとこんなことがあった。

運命は、ダダダダーン、のあと大太鼓の音が聞こえた。たしかに前半で使った大太鼓はあったがもちろん誰もいない。不思議に思っていたら少しして謎が解けた。大太鼓の音ではなく、指揮者が指揮台の上で片足を上げたあと下したときに出てくる音だった。卓球の試合を見ていると、選手がスマッシュするときに片足を強く踏み込むが、その結果床板を打ち付けるので大きな音が出るのがわかる。私が聞いたのは指揮者によるスマッシュの音だった。その後何回も指揮者のスマッシュ打音が聞こえてきた。

アンコールは、ルロイ・アンダーソンのクリスマス・フェスティバルであった。次の8曲のメドレーである。

1.もろびとこぞりて 
2.ひいらぎを飾ろう 
3.世の人忘るな
4.良きウェンセスラス王 
5.天(あめ)には栄え
6.神の御子は今宵しも
7.きよしこの夜 
8.ジングル・ベル

シュトラウス企画 修道女アンジェリカ 愛の妙薬2016/11/19 23:59

私はオペラをほとんど聞かないが、友人が出演するのでお誘いがあり、行くことにした。私一人では心細いので、オペラをよく知っている方をお誘いした。場所は大田区民プラザ大ホール(下丸子駅すぐ)、時間は18時30分からであった。タイトルはどちらもよく知られたオペラである。さすがにフルサイズのオーケストラは備えられず、ピアノとシンセサイザーをピットで演奏する形で行われた。また、愛の妙薬は抜粋であった。

修道女アンジェリカはプッチーニの歌劇である。私はオペラに疎いから、ヴェルディの音楽がオペラの基本だと思っている。そうするとプッチーニの音楽を聴いてたまげる。音楽にワーグナーの流れがそこかしこに入っている。そうするとさばさばした舞台なのに濃厚な空間が宿っているかのように見えるのだった。私がオペラを苦手とする原因は、いわゆるオペラの世界を体験するオペラ覚というのに欠けているからだろう。それでも、最後の、アンジェリカが自殺を決意するところ、そしてその決意を悔いるところは心を動かされた。

愛の妙薬はドニゼッティの歌劇である。確かこの歌劇にはアリア「人知れぬ涙」があるはずだと思っていたが、なかなか出てこない。さては誤った知識だったかと悔いていたら、やはりこのアリアが出てきて安心した。幸いこの歌唱は好評で、多くの拍手があった。私も拍手を惜しみなく送った。ちなみにこのアリアを歌ったネモリーノ役のテノールが、私の友人である。

時間も遅くなり、オペラをよく知っている方とは最後に少ししか話ができなかったのが残念である。この方の評では辛口なところもあったが、総じて満足していたようだった。

日墺親善リサイタル2016/11/08 23:47

クリストフ・コンツ(ヴァイオリン)とアンナ・マグダレーナ・コーキッツ(ピアノ)のリサイタルに行った。
2016.11.8 (火曜日)
18:30 開場、19:00 開演
日暮里サニーホール
プログラムは
ブラームス :F.A.Eソナタ
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第8番ト長調
(休憩)
フランク:ヴァイオリンソナタ

コンツさんは自由で幅のある表現だった。コーキッツさんも対等な立場で音楽を出していた。よい演奏会だった。
ヴァイオリンソナタの8番は初めて聞いた。この軽さがいい。感情楽章では、ピアノソナタ第32番の第1楽章の先取りが聞こえてきたようだった。

アンコールはワーグナーのヴェーゼンドンク歌曲集(のヴァイオリン編曲)だった。これは渋い。