ドヴォルジャークの「新世界より」を聴く ― 2026/02/20 20:01:52
ドヴォルジャークの交響曲第9番「新世界より」の第3楽章と第4楽章を聴いた。あらためていい曲だと思うが、内声の人たちはあまり報われない曲だとも思う。内声を担当するあるセクションの人に言わせれば、同じパターンばかりなので弾きたくないと言っていた。ただ、他の人がどう思っているかはわからないので、あとで尋ねてみよう。
スメタナの交響詩「ヴルタヴァ(モルダウ)」を聴く ― 2026/02/17 21:59:37
久しぶりに、スメタナの交響詩「ヴルタヴァ(モルダウ)」を聴いた。「ヴルタヴァ」については、昔のブログである五輪真弓の「恋人よ」を聴く で、引き合いに出したことがある。それはともかく、全曲を映像つきで見て聴いて、私は最初のフルートの旋律とその後の弦の「ミラシド」、「ソドレミ」しか聴いていないことに気づいた。楽譜は後で書くことにしよう。
ということで後になったが少しだけ書いた。この下で支える16分音符の弦が好きだ。
コマーシャルでベートーヴェン『エグモント 序曲』を聴く ― 2026/02/07 11:12:45
たまに見る音楽番組をテレビで見ていた。本編が終わったあとでボンヤリしていたら、コマーシャルでオーケストラが映し出され、オーケストラ曲が聞こえてきた。最初はベートーヴェンの「英雄」第1楽章かなと思ったが、違うようにも思える。5秒ほどして、これはベートーヴェンの「エグモント 序曲」だと気づいた。10 年ぐらい前、私がオーケストラのチェロで弾いた曲なのに、すっかり忘れてしまっていた。おかしなことに、この「エグモント序曲」の編成にはハープがないのに、なぜかコマーシャルの映像ではハープが何かを奏している場面が挿入されていた。ハープが奏されていたあたりはたぶん、この序曲のこの場面あたりだったと思う。
ツィーラーの『ドナウ川の物語』を聴く ― 2026/01/26 17:14:35
ツィーラー(Carl Michael Ziehrer, 1)の『ドナウ川の物語』(Donausagen)を聴いた。この、オーケストラによるワルツは、序奏が堂々としたミラシドなので楽譜にしたかったのだが、IMSLP には楽譜がなく、他の探し方もわからない。オーケストラなので耳で聴いて楽譜に起こすことも無理だ。
コープランドの「古いアメリカの歌」を聴く ― 2026/01/18 09:58:14
かなり前のことだが、コープランドの「古いアメリカの歌」を聴いたことがあった。オーケストラ伴奏で歌手が歌うスタイルだ。そのなかの第4曲「Simple Gifts」がソドレミで始まっていたのでうれしくなった。ちなみにこのメロディーは、コープランドのオーケストラ曲「アパラチアの春」でも使われている。下記は Simple Gifts のメロディーだ。
マーラーの作品を聴く ― 2026/01/17 10:59:33
午前中からマーラーの作品を部分的に聴いていた。交響曲第7番から第4楽章第5楽章と、『大地の歌』から「告別」だ。マーラーの作品は「時間富豪」である人ならば楽しめると思う。現在の私は時間がある。そして将来もあるだろう。しかし、時間をゆったりと使うという気持ちになかなかなれない。そんなわけで、マーラーの作品を楽しめる心のゆとりが出てこない。ともかく、いろいろなところの貧乏性を減らすようにしてみよう。
なお、少し前に麻辣湯を食べて値段が非常に高かったこととは関係ない。
組曲『惑星』を聴く ― 2026/01/16 22:28:12
久しぶりに、組曲『惑星』の全曲を聴いた。はるか昔、ラジオかテレビの何かの番組の最初で何かわくわくする感じのかっこいい曲が毎回流れていて、あれはどんな曲だろうと気になっていたことがあった。その曲が、『木星』のオープニングだとわかったのは初めてそのかっこいい曲を聴いてから一年ぐらい経ったあたりだった。
それから数十年して、平原綾香が、あの『木星』の中間部を『Jupiter』として歌うことを知って、私は、そしてクラシックを解する友達は少し怒った。というのは「ジュピター」といえば当然モーツァルトの交響曲第41番を指すものであり、決してホルストの『木星』を指すものではないからだ。しかし、そんな私たちの怒りをよそに、『Jupiter』は大ヒットした。そしてさらにその十数年後、合唱に編曲された『Jupiter』のピアノ伴奏をすることになったのだった。そのときには、当時の怒りはすっかり消えていた。
今はその合唱仲間との付き合いも全くない。みんな、元気だろうか。
ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を聴く ― 2026/01/15 22:59:59
ラヴェルの「ラ・ヴァルス」をオーケストラで聴いた。確かにかっこいい曲なのだけれど、なぜか刺激が足りない。なぜなのかを考えてみると、どうもこの曲は2台ピアノの版で聴いてきたことが多く、そちらのツンツンした単色音色に慣れてしまったため、原曲であるオーケストラ版に違和感があるからだろう、という当座の結論に達した。これは自分の耳の問題だと思う。もう少しオーケストラ版も聴き込んでから最終的な結論を出したい。
『亡き王女のためのパヴァーヌ』を聴く ― 2026/01/08 22:34:30
きょうはビデオをいろいろ見て聴いていたが、ハンマークラヴィアの4楽章だけとか、惑星の『火星』だけとか、曲の一部分だけを聴いてばかりだった。唯一一曲通して聴いたのがラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』だった。
大学生の時、高校で同じクラスだったMくんとばったり会った。このパヴァーヌの話題になって、「ギターに編曲したいから楽譜を持っていたら貸してくれないか」と言われ、連絡帳に載っていたMくんの住所をたよりにMくんの自宅まで渡しに行った。留守だったのか何かで、楽譜をそのままポストに入れただけで帰ってしまった。その後Mくんと会ったとき、「なんでお前ぶっきらぼうに楽譜だけ入れておくんだよ」とあきれられた。そんなことを、オーケストラ版の曲を聴きながら思い出した。
『ザ・ベストテン』のオープニング曲を聴く ― 2026/01/07 20:00:18
NHKの「あさイチ」を見ていたら、いろいろなテーマで雑誌の編集者が話題を紹介するコーナーがあった。そのとき、どこかで聞いたことがある音楽が聞こえてきた。身近にいる人に「これはひょっとして、『ザ・ベストテン』か?」と尋ねたら「そうだよ」と答えた。
身近な人からは、「このころの音楽って、使いべりのしないのがけっこうあるよね」ということばもあった。私も同意した。『使いべりのしない音楽』は身近な人と私の最近の流行語になっている。
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