怪しい電話がかかってくる2026/02/10 21:25:55

最近、怪しい電話がかかってくることが多くなった。この場合、怪しい電話というのは単に迷惑電話というだけではなくて、詐欺を目的とする電話ではないかという意味での怪しい電話である。結局怪しいと判断してすぐに電話を切った。さて、なぜ怪しいと判断したかというと、こういうことだ。

第1の点は、自動音声でかかってくるということだ。もちろん、詐欺を目的とする電話は人間のオペレータがかけてくる電話もあるが、自動音声でかかってくるということは、世論調査などをのぞけばめったにないことだ。

第2の点は、抑揚が日本の共通語、つまりテレビやラジオなどのアナウンサーが話している抑揚から少しかけ離れているということだ。いや、関西弁や東北弁があってもいいのだけれど、そういった地域語なら地域語なりの整合性があるはずだ。それが感じられない。少なくとも、NHK のテレビでときどき AI による音声合成でニュースが読み上げられるが、その域には達していない。

第3の点は、これがおもしろかったのだが、日本語が変なのだ。私の家にかかってきた怪しい電話は最近2件あり、自動音声による限り別々の業者だった(一件は実在する宅配便業者で、もう一件は実在は不明だがアンケート集計業者を名乗っていた)、お願いのことばが共通して「ダイヤルを押してください」だったのだ。どうしてこのような文章が得られたのだろうか、興味がある。

ハンディファンを考える2025/09/19 22:32:38

夏の暑さも一段落したようだ。そこで、今年の夏を振り返ってみる。

私はほとんど家にこもっていたが、たまには外に出た。すると、道行く人がたいてい持っているのがハンディファン(携帯用扇風機)だった。ハンディファンとは持ち運びできる小型の扇風機のことである。電源には電池式と充電式に分かれるが、中には両方の機能を持っているものもある。最近とみにハンディファンを持っている人が増えた印象があるのは、充電式の機種が増え、便利になったからだと思う。

私はハンディファンを使わない。なぜかというと、ハンディファンで苦い体験をしたからである。これは自分が使ったからではなく、他人が使ってそのとばっちりを食ったことである。

もう十年以上前のことだろうか。私はある将棋道場で、太った男性を相手に将棋を指していた。当時の道場は喫煙可で、その太った男性もタバコを吸いながら私と指していた。私が指すと相手は考え込み、タバコを吸いながら首につるしていたハンディファンを回し始めた。そのとき、ファンによる風がタバコの灰を飛ばし、まだ熱い灰が私のズボンに落ちた。その瞬間、ズボンの生地が焼けこげ、そのズボンは外行きには使えなくなってしまった。

今思えば損害賠償を請求してもよさそうなことだったが、気の弱い私は何も言えぬまま将棋を指し続けるしかなかった。

私自身はタバコを吸わないからたとえハンディファンを使っても火のついたタバコの灰を自分からまき散らす心配はないが、他人が使っているのを見ると将棋道場の件を思い出し、自分が使うのをためらってしまうのだった。

喫煙のさまざまな形を思い出す2025/09/01 19:31:20

喫煙にはさまざまな形がある。一番多いのは紙巻タバコだろう。ただ、最近は加熱式タバコや電子タバコが多くなってきた印象がある。

私は、電子タバコという名前がどうにも受け入れらない。というのは、電子という単語は電子の移動に伴う電子デバイス的な仕組に対して使うものであるにもかかわらず、電子タバコはタバコの成分を含む液体を気化させ、霧状になった気体を吸うものであるから、電子デバイス的なものではなく、電気のエネルギー的な仕組を使っているので、どうもモヤモヤする。

それはともかく、私の身の回りではまれにパイプを吸う人もいた。

傍若無人な二輪車に憤る2025/04/28 23:40:40

今日は悲しいことに、傍若無人な運転をしている二輪車にひどい目にあった。それも、2回だ。

最初は、私が歩道を歩いていたときのことである。私が歩いていたのは進行方向に対して左側である。右側はガードレールで分離されていて当然車が同じ進行方向に走っている。左側は低地でそのまま下りたら足をくじきそうだ。歩道の幅は1メートル強と狭かった。そこへ、エンジンをかけたオートバイが向かってきたのである。時速5キロぐらいだっただろうか。あまりの傍若無人ぶりに驚いて声も出なかった。逃げるにしても、右側はガードレールがあり、左側に逃げたら足をくじいてしまう。仕方なく私は歩道ぎりぎり左側に身を寄せた。オートバイに乗った青年は無表情で去って行った。

2度めは、私が横断歩道を渡るときである。押しボタン式の横断歩道があり、別の誰かがボタンを押して横断歩道が青信号になった。その方が向こう側から渡ってきたのでラッキーと思い私が渡ろうとしたら、車道の右側から自転車に乗った老婆が走ってきた。老婆は止まろうともせず「ちょっと待ってえ」と叫んで私を制し、驚いて歩みを止めた私を尻目に走り去った。前のときもあり、「馬鹿野郎!待つのはおまえだろ」と叫びたかったが、気が弱いので何も声が出なかった。

オートバイ野郎と自転車老婆に天罰が下ることを強く望む。

いやな話を聞く2025/02/15 12:19:14

最近、ある人からいやな話を聞いた。どうみてもおかしな話で、しかも古い人たちの古い、誤った考えが原因と思われる話だ。何か行動を起こしたいのだが、どのように行動を起こしたいいのか、困ってしまっている。

歩道を走ってコードを抜いてしまう2024/12/18 22:52:00

この日は川口市にあるダタールでカレー🍛を食べた。帰りに歩道を走っていたら、下を見ていなかったので歩道につながっている電源コードを引っかけてしまい、その勢いでコードが抜けてしまった。歩道の脇には床屋があり、その床屋の近くからコードが伸びて例の床屋のサインにある回転機械につながっていたのだが、私がコードに躓いてしまってコードが抜けてしまったというわけだ。困ってしまい、抜けたコードを見て回転機械とつないだ。つないだが、機械の内部は回転しない。すると床屋の店主が出てきて、私に「すみません」と声をかけてきた。私は「いえいえこちらこそすみません」と答えてその場を去った。

駆け込み乗車は危ないと思う2024/11/30 23:59:59

ある駅で駆け込み乗車する親子を見た。子供は親に引っ張られていたから、親のほうに責任があるだろう。危ないのでやめてほしい。

徒歩帰宅を考える2024/03/15 23:59:59

避難訓練に関連して、徒歩帰宅についても考えることがある。都心から自宅への徒歩帰宅は危険だという主張が最近聞かれるようになった。たしかに、もろもろの要素を考慮すると徒歩帰宅は危険で、勤務先にとどまるのが自身の安全を確保するには最善だろう。

しかし、それでも多くの人は自宅にもどろうとするだろう。勤務先にとどまるのは「安全」ではあっても「安心」ではないからだ。少なくとも、私にとってはそうだ。以前、東日本大震災があったときに両国から越谷まで徒歩で帰宅したのは、勤務先が「安心」とは思えなかったからだ。普段の業務でこき使われている私が、非常時になればますますその指示を受けて混乱することは目に見えている。これではとても安心とは思えない。当時の状況であれば「安全」よりは「安心」をとった。もちろん、徒歩で避難できるという確信が、あらかじめ徒歩で帰る道筋を確認するなどの備えをしていたlことなどからあったからだ。

その後勤務先が新宿に代わってから、新たに道筋を確認してきたが、両国から越谷よりは多少道筋が複雑になり、時間もかさむことがわかった。徒歩の帰宅はやはり大変だ。将来同じようなことが起こった時、安全をとるか安心をとるか、悩んでいる。

避難訓練を考える2024/03/13 23:59:59

東日本大震災から13年がたった。私は勤務先から歩いて5時間かけて自宅にたどり着いた。その後、首都圏で地震があったときに徒歩で帰宅することについては、否定的な意見が多く聞かれる。たしかに、徒歩で帰宅する危険は多い。冷静に考えればそうだ。しかし、では帰宅をせずに勤務先やその周辺にとどまることが最善なのだろうか。

東日本大震災から数年後、私が当時勤めていた勤務先が両国から新宿に移転した。しかも移転先は超高層ビルだった。同僚が、「東日本大震災を受けたのに何で超高層ビルに行くのか、バカじゃないのか」と吐き捨てるようにいった。私もまったくその通りだと思った。

超高層ビルでは避難訓練が半年か一年に一度ある。私は毎回参加していたが、移転を決めた幹部連中は業務が忙しいのか、あるいは足腰が弱って階段が下りられないのか、それとも参加しないことが自分の地位の高さで思っているからか、さては耳が聞こえず字も読めないからか、避難に参加したことは一度もないように見えた。

自己点検で思い出す2024/03/11 23:59:59

そういえばむかし、ある大きな事件をきっかけにして、某組織が自己点検ということをやったことがあった。それに関連して、こんなことをある人から聞いたことがある。そのある人というのは、これから話題にする(某組織ではない)ある組織にいた人ではない。私に語ったある人は、話題にする組織にいた方から聞いた話だそうだ。こう書くと、まるでプラトンの「饗宴」みたいだが、「饗宴」ほど高尚な話ではない。

A社は傘下にいくつかの子会社を持つ大企業である。その組織で、子会社も含めて法令を順守しているかを調べるため、自己点検を毎年している。

あるとき、新たに入った子会社B社も含めて百数項目を超える自己点検を行った。A社はじめ従来の子会社は順守率は95%を超え、なかには100%に達した会社もあった。ところが、初めて自己点検を行ったB社は70%を下回った。B社の社長は恥をかかされたといってB社の点検集計者に怒り、とにかく順守率を上げろと檄を飛ばした。

そこで、B社の集計者は法令違反の詳細を調べるため、自社の営業のところに行った。ある項目での違反違反の証拠を見せてもらうと、取引先はA社だった。A社に確認すると、その項目での違反はないとA社では報告されていた。これはおかしい。取引での違反だからどちらも違反である。しかし、B社は正直に違反だと報告したのにA社は違反なしと報告した。B社集計者はA社に訂正と再調査を要求したが、A社は訂正も再調査も拒否した。

その後の話は誰も知らない。