ギターのアルペジオを考える2021/08/24 19:59:12

おとといの日曜日に「ザ・カセットテープ・ミュージック」を放映していたので録画して、きのう見た。第3週や第4週は以前の再放送で、おとといも「ギター特集」の再放送だった。この番組で、マキタスポーツが「イントロのギターのアルペジオがいい曲」として、スピッツの「ロビンソン」とゴダイゴの「ガンダーラ」を紹介していた。マキタスポーツが選ぶだけあって、どちらもすばらしい。こういう特集を見ると、俺もギターが弾きたくなるのだが、もうこの年では無理だな。

和田弘とマヒナスターズの「誰よりも君を愛す」を聴く2021/05/28 20:40:22

ムード歌謡の続きである。以前にハナ肇とクレージーキャッツの「ハイそれまでョ」のことを書いたが、これはちょっと寄り道だった。本線に戻って、和田弘とマヒナスターズの「誰よりも君を愛す」を聴いた。

実はこの曲、今までにほとんど聴いたことがなかった。しかし、ムード歌謡といえば和田弘とマヒナスターズで、和田弘とマヒナスターズといえば、「誰よりも君を愛す」なのだという。あわてて YouTube で聴いてみた。驚いたことに、ムード歌謡でありながら、ムード歌謡を超えた何かがあるような気がした。もちろん、冒頭のギターが泣かせる。これも「小樽のひとよ」と同じく、レキントギターだろうか。

よく、一周回って新しい、というような修辞を聞くことがある。これは新しいというより、何か違うものを聴いているのだ。一周していることは違いないが、単に戻ったというのではない。一周したら位置ではなく違う場所に出てしまった。なぜなら、一周していた経路は実はリーマン面だったからだ、という具合に違う。なお、リーマン面とは何かということについては私に聞かないでほしい。

そういえば、私の家にはレコードが何十枚かあった。三橋美智也だとか、村田英雄などもあったが、たぶん和田弘とマヒナスターズもあったのではないか。

《タンゴの歴史》を抜粋で聴く2021/05/22 10:23:51

土曜日に行った、竹澤恭子のヴァイオリンと福田進一のギターを聴きに行くの感想文の続きを書くことにする。前半の、パガニーニ「チェントーネ・ディ・ソナタ」第1番、ギターソロでソルの「魔笛の主題による変奏曲」、シューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」と後半の竹澤恭子のソロによるバッハ無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番ニ短調より「シャコンヌ」、と二人のケルト・スピリットについては先に書いた通りだ。

今回のピアソラの「タンゴの歴史」は抜粋で、第2曲〈カフェ 1930〉と第3曲〈ナイトクラブ 1960〉である。どちらも初めて聴く曲だと思っていたが、第3曲はどこかで聴いた覚えがある。どうも以前は「聴いた」のではなく「聞こえてきた」だけかもしれない。それならば以前聞こえてきた「タンゴの歴史」を覚えていたのはなぜだろう。それはともかく、ピアソラ節がたっぷり楽しめた2曲だった。

加藤昌則「ケルト・スピリット」を聴く2021/05/21 20:37:54

土曜日に行った、竹澤恭子のヴァイオリンと福田進一のギターを聴きに行くの感想文の続きを書くことにする。前半の、パガニーニ「チェントーネ・ディ・ソナタ」第1番、ギターソロでソルの「魔笛の主題による変奏曲」、シューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」と後半の竹澤恭子のソロによるバッハ無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番ニ短調より「シャコンヌ」は先に書いた通りだ。

シャコンヌのあとはいったん、司会の岡部真一郎による、二人の演奏者によるインタビューがあった。私はいつもこのインタビューを楽しみにしている。ひとしきり話が弾んだあとは再び演奏の時間となった。次は加藤昌則の「ケルト・スピリット」である。当日配られた解説によればこのタイトルとそこに込められた音楽がよくわかるのだが、ここでは省略する。演奏は、楽しさに満ちあふれたものだった。

シューベルト「アルペジョーネソナタ」を聴く2021/05/19 19:39:46

土曜日に行った、竹澤恭子のヴァイオリンと福田進一のギターを聴きに行くの感想文の続きを書くことにする。パガニーニ「チェントーネ・ディ・ソナタ」第1番、ギターソロでソルの「魔笛の主題による変奏曲」に引き続いて演奏されたのが、ヴァイオリンとギターによるシューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」だった。

この曲はシューベルトの事実上のチェロソナタのように扱われ、チェロのレパートリーとしても定着しているといっていいだろう。しかし、高音部が多いため、素人が弾くのは難しいだろう。

本局は三楽章からなる。第1楽章はなだらかな起伏が美しい。冒頭のナポリの六度がとりわけしみいる。

アルペジョーネソナタ第1楽章

第2楽章は悠然たるアンダンテ、と思ったらアダージョだった。伴奏に引き続いて出てくる旋律は「ソドレミ」だ。

アルペジョーネソナタ第2楽章

第3楽章は鼻歌風に始まるロンドだ。

このギター伴奏を聴きながら、シューベルトはピアノを買う金が工面できなくて仕方なくギターを使ってピアノ曲を作った、という妙な話を思い出した。シューベルトの歌曲でギター伴奏というのもあり、ギターの伴奏はシューベルトに似合うのかもしれない。

アルペジョーネソナタ第3楽章

この曲はチェロで奏されるのが普通だが、たいていのチェロ演奏では高音域でいつもアップアップしていて、それが悔しかった。ヴァイオリンを使うとそんなことがないので、すっきりしていていい。しかし、今度はチェロの貴重なレパートリーをヴァイオリンに取られてしまったようで、今度は別の意味で悔しい。

ソルの「魔笛の主題による変奏曲」を聴く2021/05/18 20:33:31

土曜日に行った、竹澤恭子のヴァイオリンと福田進一のギターを聴きに行くの感想文の続きを書くことにする。パガニーニ「チェントーネ・ディ・ソナタ」第1番に引き続き演奏されたのはギターソロでソル作曲の「魔笛の主題による変奏曲」であった。

この曲はギターの古典的ソロ曲として非常に有名で、アマチュアでこの曲が弾ければ素人離れしているといってもいいだろう。私はこの曲を聴くといつも、高校1年生のときのの音楽の授業で、この曲を披露してくれたクラスの友達を思い出す。

さて、この曲はタイトルからしてモーツァルトの歌劇「魔笛」の旋律を主題にしているのだが、はて、もとはどんな旋律だったろうかと立ち止まって思い出そうとしてみた。魔笛に限らず、私はオペラのことをほとんど知らないので思い出せるはずがないことに気が付くのはさほど時間がかからなかった。そこで、オペラのボーカルスコアと対比することにしたのだが、ここだということがわかるまでに小一時間を要した。下記の譜面がその場所だ。

モーツァルト「魔笛」

速さや調、伴奏の形態は当然違う。ちなみに原曲では、伴奏の分散和音はグロッケンシュピールが担う。それらの違いを差し引いても、メロディーが少し違う。まあ、ギターの傑作になった主題なのだから、文句は言うまい。

この曲を久しぶりに聴いて驚いたのは、序奏があることだった。すっかり忘れていた。この序奏についてはあらずもがなの印象もあるが、きっとソルは序奏の必要性を感じていたのだろう。私のような素人がいうことではあるまし。さて、その序奏から主題への入りはこうなっている。

ソル「魔笛の主題による変奏曲」主題

この、人好きのする旋律は、ソルのものだ。モーツァルトのもとの旋律よりも、付点音符のおかげで、より温かみが出ている。

その後は変奏曲の伝統で、音を細かくしたり、短調になったり、速くなったりして変化がつけられる。第5変奏の後半を寸足らずだが掲げる。

ソル「魔笛の主題による変奏曲」より第5変奏後半

私はこの曲を聴くと、ここの下段、一番上の E の音がきちんと響いてくれることを期待する。もちろん、福田進一はここをきちんと響かせていたが、そこに行くまでの細かな音の動きが少し手なりに進み過ぎているのではないか。少し遅くともいいので粒の立った音を期待していた。ぜいたくな望みだろうか。

パガニーニの「チェントーネ・ディ・ソナタ第1番」を聴く2021/05/17 19:47:23

土曜日に行った、竹澤恭子のヴァイオリンと福田進一のギターを聴きに行くの感想文を書くことにする。

開始はパガニーニの「チェントーネ・ディ・ソナタ」第1番であった。プログラムにはイ短調/イ長調とある。まあ、どっちでもいいのだろう。2楽章からなる、10分程度の曲だ。第1楽章は、バイオリンの鋭い同音反復から始まる、少し怖い序奏部がつく。

パガニーニ チェントーネ・ディ・ソナタ第1番第1楽章序奏

こういうとき、ギターは柔らかいからいい。バイオリンの鋭さを和ませてくれる。

主部は行進曲風の付点リズムで進む。

パガニーニ チェントーネ・ディ・ソナタ第1番第1楽章主部

バイオリンの相棒がピアノだともっと伴奏に飾りが必要なのだろうが、こういうときはギターであれば最小限の和音やアルペジオで済む。少したつと、主部は長調に転じる。

パガニーニ チェントーネ・ディ・ソナタ第1番第1楽章中間部

少し穏やかな曲想で、安心する。そののち、主部の短調が戻ってきて第1楽章が終わる。

第2楽章は Rondoncino という表題がついている。小さなロンド、という意味だろうか。

パガニーニ チェントーネ・ディ・ソナタ第1番第2楽章冒頭

モーツァルトが書いてもおかしくないくらい、かわいらしい楽想だ。

ロンドなのでいろいろな楽想が現れる。そのうちの短調に転じる部分の楽譜を掲げる。

パガニーニ チェントーネ・ディ・ソナタ第1番第2楽章中間部

ここはバイオリンがピチカートなので、ギターとの親和性が増す。とはいえ、バイオリンはところどころで弓で弾くので、そこではびっくりする。

全体として、バイオリンパートは、超絶技巧を繰り広げる悪魔的なパガニーニ、という印象からは遠く離れ、ギターという楽器に近づいている。

鶴岡雅義と東京ロマンチカの「小樽のひとよ」を思い出す2021/05/12 23:00:00

「ザ・カセットテープ・ミュージック」を聴いていると、どういうわけかムード歌謡のコマーシャルが入る。「ザ・カセットテープ・ミュージック」の視聴者層80年代のヒット歌謡だから、ムード歌謡を好む世代とはギャップがあるはずだ。だから、どうしてコマーシャルが入るのか不思議だ。しかし、俺は80年代歌謡曲も、ムード歌謡も好きだ。ムード歌謡を好むのはもっと年がいったお爺さんだとおもうのだが、私は老けているのだろうか。

さて、ムード歌謡ときて最初に思い出すのが、鶴岡雅義と東京ロマンチカの「小樽のひとよ」だ。ヒット当時のリアルでは聴いていないはずなのに、なぜか好きな曲だ。好きな理由はわからないが、ひょっとしたら「ミラシド」で始まることに秘密があるのかもしれない。