2台ピアノを聞きに行く(2)2019/06/01 18:20:36

「調性音楽の仄暮~2台ピアノによる協奏曲集」と題された公開録音を聞きに行った。場所は巣鴨駅近くの東音ホールである。フォーレに関する感想らしきものは前日のブログに書いた。

さて、フォーレ以外のプログラムについても書かねばならない。

シマノフスキはポーランドの作曲家。クラシックのピアノ通なら知っていて、腕の立つピアニストなら弾いていてしかるべき作品がいくつもある。私は腕が立つピアニストではないので敬して遠ざけている。さて、お二人の演奏を聞いて、「スクリャービンのピアノ協奏曲にしては妙におどろおどろしいな」と思った。実際にはスクリャービンではなくてシマノフスキだったのだが、これは前に座っている人がプログラムをもっていて、それを目にしたのでわかったのだった。ひどいものだが、まあ仕方がない。ともかく、初めて聞いた作品だということはわかった。第1楽章が終わり、第2楽章に入った。どこか妖艶さが漂ってきて、どこかの化粧品会社が自社製品のテレビコマーシャルに使っているのではないか、という下世話な感想を抱いた。ほかにも妄想を抱いていると attacca で第3楽章に突入し、こちらは武骨な楽章だったのでなぜか安心し、めでたく大団円となったのだが、果たして私はここに来て聴衆となる資格があったのかどうか、戸惑いを覚えた。

後半はスクリャービンである。後半は第1ピアノを浦壁氏が、第2ピアノを大井氏が担当した。

ピアノ協奏曲は聴いたことがあり、といっても昔のFMラジオでエアチェックしていたのを何度もかけていた程度である。それでも久しぶりに聞いて、甘さを思い出した。この甘さはいいなあ、昔の誰かさんがこの曲を評してショパンを薄めたといったそうだが、誰だって書けるというものではない、甘くて何が悪い、とスクリャービンに成り代わってなぜか開き直っていた。そして、今まさに聞こえているその甘さを、古き良きエアチェック時代にむりやり溶け込ませて鑑賞していた。

「プロメテウス - 火の詩」のほうは、エアチェックしていたのだろうか。私は思い出せなかった。交響曲第4番「法悦の詩」はエアチェックして、当時の日記に「いいー」て書いていたような気がするが定かではない。

どうでもいいけれど、「プロメテウス」って、まず名前がかっこいいな。フォーレにも「プロメテ」という劇音楽があるけれど、めったに演奏されないしな。ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」はまだ演奏されるかな。序曲はかっこいいよね。ただ、プルトニウムは御免だな。

プロメテウスにはどんなメロディーがあったかさっぱり思い出せないが、後期スクリャービンのソナタの類型となる和声やらリズムやらが横溢していたような気がする。これ以上の詳しいことは全く書けないのが情けないところで、フォーレのときとは違って楽譜も持っていないし曲も知らないものだから、同じだとか違うとかは言えないし、ではそれ以外に何を言えるかというと当然言えるものがない。

予定したプログラムが終了し拍手をした。お二人が舞台から退いたのち、アンケートに気づき、何をどう書こうか迷っていた。この最中にも、拍手は続いている。この拍手はアンコールを要求しているのだということに気づいたが私はアンケートに対する回答を考えるのに精一杯でうつむいたままだった。やがて拍手が止んだので体を起こすと、プログラムを終えたお二人が舞台に再度立っていたのがわかった。アンコールに応えるというのはお二人にとっても、また聴衆にとっても当然のことだったのだろう。大井氏が左のピアノに、浦壁氏が右のピアノに進んだ。大井氏から「アンコールを2曲弾きます。最初は米沢氏のもとで爆誕しました・・・・・」と語った。米沢氏とは、原曲の編曲者であることはわかった。しかしその後のバクタンという言葉が聞き取れず、爆弾かと思ったが、さすがにその言葉はないだろう、相応しい言葉があるはずだと脳内で変換回路を動かした結果、爆誕、という感じを当てはめるのが適切だと判断した。実際、爆誕、ということばで会場から笑い声が起きたようだった。

さて、この爆誕したピアノ曲は何だったかというと、聞いた限り、ある有名な現代音楽作曲家による、ピアノ独奏のためのある有名な曲集に収められているはず、という見当はついた。しかし、その作曲家の名前も、曲集の名前も大井氏は語らなかった。まあ、それはどうでもいいことなのだろう。あるいは何か事情があって語らなかったのかもしれない。わかる人にしかわからないだろう、という連帯感をあおりたかったのかもしれない。そして私は、曲の流れに身を任せながら、たぶんあの作曲家の、あの曲集だよな、違うのかな、私は連帯できないのかな、などということを確かめたり疑ったりするうち、アンコールの第1曲が終わった。

そしてアンコールの2曲目は、こちらはすぐにわかった。ある有名な歌の編曲なのだが、この編曲を誰がしたものか気になった。というのも、ある部分でナポリの6度が使われていたからである。いや、私にはナポリの6度とは何かがわかっているわけではない。ただ聞いてみて、ナポリの6度のように聞こえる個所があった。私の感覚では、そこでナポリの6度を使うのは何か場違いのような気がしてならなかった。第2曲が終わって大井氏が再び語った。この曲はみなさんご存じでしょう、作曲者は□□氏、そして編曲者は□□氏ご子息の〇〇氏である、ということだった。なるほど、ナポリの6度は〇〇氏の業だったのか。ただ原曲は、正確には原編曲の和声は、はたしてどうだったのだろうか。それを知りたいとも思ったけれど、わざわざ知らなくともいいのでは、という意欲のない自分の声も聞こえてきて、もう何が何だかわからなくなってきた。

私の一つ置いて左隣に座っている人は、周りに知った顔がいるのだろう、アンコールの第1曲を指して、知った顔に語り掛けていた。そのことばを拾う限り、この爆誕した曲は私が思っていた作曲家による、その思っていた曲集であったようだ。そして、わざわざ作曲家の名前を言わないところが、ということも含めて話をしていたようだった。ということは、このような公開録音の場に来るような資格を私はもっていなかったということだった。言い換えれば、私は連帯感を持ちえない人だったのではないだろうか、ということだった。

たまたまアンコールの第1曲に関しては私の想像は当たったのだけれど、それはまぐれ当たりという程度であって、その作曲家についても作品についても詳しいことは知らない。まして自分で弾くなどということはあり得ない。もちろん、主催する会では、公開録音に聴衆として参加することに資格を設けているわけではない。そして、大井氏もアンコール曲2曲は「プログラムとはまったく関係ない」と公言していた。

ただ、「調性音楽の仄暮」というタイトルを掲げたのは、調性音楽から非調性音楽に向かう時期にプログラムにある4曲が作曲されたということを言いたいのではないか。そして、これら4曲を取り上げたからには、聴衆のみなさんは、これら4曲の調性音楽の立場からの位置づけについて、わかっていらっしゃるでしょう、と思っているのではないか。だとすると、私にとっては耳が痛い話ではないか。フォーレの幻想曲しかまともに知っている曲がないからだ。そうして叩きのめされた私は、アンケートの感想を1行だけ書いて、後払いとなる「好きな額」を配られた封筒に入れて受付に提出し、巣鴨を後にした。

その後どうしたかというと、フォーレの幻想曲だけを頭の中でぐるぐる回しながら北千住で途中下車した。吉野家を探したけれど見つからず、北千住で乗りなおしたあと草加で再度途中下車した。吉野家をしつこく探すためである。運よく吉野家を見つけて牛皿と生ビールを飲みながらフォーレの幻想曲だけを頭の中でぐるぐる回した。会計を済ませて自分の家がある駅で降り、近くの安売りスーパーでナッツとビール系リキュールを買って、自宅に帰りシャワーを浴びた。シャワー後は自分の部屋で再度フォーレの幻想曲だけを頭の中でぐるぐる回しながら飲み直した。

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_ まりんきょの音楽室 - 2019/06/02 22:04:36

「調性音楽の仄暮~2台ピアノによる協奏曲集」と題された公開録音を聞きに行った。場所は巣鴨駅近くの東音ホールである。

プログラムは次のとおりである。

G.フォーレ:《幻想