早川正昭「日本の四季」から「冬」を聴く(1) ― 2023/03/01 23:59:59
早川正昭の「日本の四季」の「冬」第1楽章のメロディーは、「雪」から取られている。伴奏形は明らかに、ヴィヴァルディの「冬」の第1楽章なのだが、両者の違いがだんだん明らかになってくるのがおかしい。その後、低音にはヴィヴァルディの「ごしきひわ」第1楽章の伴奏形が出てくるのが意表を突いている。でも、よく考えれば付点音符の繰り返しは「雪」と「ごしきひわ」で共通だ。ほかにも何曲か引用がありそうだが、私にはわからない。
早川正昭「日本の四季」から「冬」を聴く(2) ― 2023/03/02 22:10:21
早川正昭の「日本の四季」の「冬」第2楽章のメロディーは、「ペチカ」から取られている。伴奏形にも特徴があって、何かに似ているはずなのだが、よくわからない。私が知っているなかで一番似ているのが、バッハの「狩のカンタータ」の「羊は安らかに草を食み」だ。
早川正昭「日本の四季」から「冬」を聴く(3) ― 2023/03/03 22:07:57
早川正昭の「日本の四季」の「冬」第3楽章のメロディーは、「春よ来い」から取られている。「春よ来い」は冬の歌なのか、まあでもそうだよな。伴奏形は、どうもわからない。ヘンデルかコレルリの合奏協奏曲のような気がするが、どれと特定できないのが弱い。
昔の八百屋を思い出す ― 2023/03/04 19:54:55
今日はスーパーマーケットに行って野菜を買ってきた。買い物かごに自分で買いたいものを入れて、レジに持って行けば精算できる。便利な世の中になったものだと思う。
はるか昔、野菜は八百屋に行って買うものだった。あるとき、母から言われてお使いに行ったことがある。野菜を買ってくるようにとのことだった。歩いて十分もかからない、緩い坂の上にある八百屋だった。八百屋に着くと夕方だったので非常に混んでいて、何人もの奥さん方が必死に自分の注文を伝えようと大声を出し続けていた。私はあっけに取られて自分の注文を言えず、数分立ち尽くしたままだった。こんな状況を不憫に思った奥さんがいて、「この子がずっと何も言わないから、買い物を聞いてやってちょうだい」と店の人に向かって頼んだ。店の人はわかったようで、そこで私はやっとお使いの野菜を言えたのだった。
実家に帰省すると、散歩がてら、たまに以前あった八百屋のあたりに行く。しかし、今はその八百屋はない。八百屋どころか、近くにあった酒屋も、自転車屋も、寿司屋も、今はない。
車掌のいたころのバスを思い出す ― 2023/03/05 17:38:11
昔、八百屋に使いに行ったときのことを思い出したついでに、昔のバスのことを書く。家族で近くの駅へ行ったのだが、帰りは一人でバスに乗ることになった。当時はまだ、ワンマンバスと車掌がいるバスが混在していたと思う。ワンマンバスなら下りる停留所の前でブザーを押すことは知っていたが、私が乗ったバスはワンマンではなく、車掌がいた。だからブザーはなかった。下りる停留所が近づいたらどうやって降りることを知らせればいいのか、わからず幼い私は困惑した。今ここでこうしてブログを書いているのは、たぶん、誰か大人が同じ停留所で降りて、これ幸いと一緒に下りたからだろう。そうでなければこのまま家に帰れず、下手をしたら行方不明になっていたところだった。
音楽雑誌を考える ― 2023/03/06 22:56:16
雑誌にはいろいろな種類があるが、その中に音楽雑誌がある。音楽雑誌といってもさらにいろいろな種類がある。私は本を読むのが好きだが、雑誌はどういうわけかあまり買って読むことはなかった。そして音楽は好きなのだが、音楽は聴いて楽しむものであって読んで楽しむものではない、と思っていたので音楽の本はあまり持っていない。ましては雑誌などはほとんど読んでいない。
私が聴くのはクラシックで、クラシック音楽の雑誌といえば、「音楽の友」とか「レコード芸術」なのだが、音楽の友もレコード芸術も、買ったことがほとんどない。一度、フォーレ・ドビュッシー・ラヴェルの特集が「音楽の友」にあったので買ったことぐらいだ。いろいろな音楽を紹介してくれるのに雑誌はいいのだが、妙な権威付けがあると私は読む気がなくなってしまう。クラシック音楽の評論なんて、誰が言っていたように追悼演説みたいなものだから、新しいものが入り込む余地がほとんどないとばかり思っていた。
「太陽がくれた季節」を聴く ― 2023/03/07 20:18:57
昔のことをいろいろ思い出していると、昔見たテレビドラマも一緒に思い出すのだった。そんなテレビドラマに、「飛び出せ青春」がある。そして主題歌の「太陽がくれた季節」も忘れられない。わたしはこのとき小学生だったが、高校生になったらこんなに熱く感動的な高校生活が送れるのだろうかとワクワクしていた。実際には感動的な高校生活などなかったが、夢が見られただけでもよかった。それに、この歌はとてもいい。
部屋の掃除を考える ― 2023/03/08 23:59:59
最近事情があって、部屋の掃除をまじめに考えないといけないことになってきた。掃除をするにはいらなくなったものを捨てればいいのだが、ゴミに近いものがどうしても捨てられない。心を鬼にして捨てよう。
ゴミではないと思っているもののほとんどが本である。時代遅れになった本は捨てればいいのだが、妙に思い入れがある。結局今までは、スキャナーにかけてから捨てていた。スキャナー経由でコンピュータ記録しているから情報は失われていないはずなのだが、コンピュータのどこに記録しているかを失念しているので、結局捨てたと同じことになっている。それで困るかというと、実は困っていない。困っていないことが、困っているともいえる。
「口笛吹きと犬」を思い出す ― 2023/03/09 23:59:59
突然、題名がわからないメロディーを思い出した。こういうとき、インターネットで質問する人がいる。たとえば、こうだ。「ソーー|ソッミドシラ|シッラソーソ#|ラッミレッミ|ソーーツ」これは何という曲ですか?質問するほうも質問する方だが、答える方も答える方だ。私はこんな質問をするのがいやなので、鍵盤をたたいて答えてくれるWEBサイトを探した。すると、たとえば次のサイトが見つかった。
Music Search » with JavaScript Piano(www.musipedia.org)
ここでさきほどの「ソー」から始まるメロディーを画面上のキーボードに入れて検索してみた。すると、The Whistler And His Dogという題名のオーケストラ曲で作曲者はArthur Pryorということがわかった。この題名で Wikipedia を見ると、オーケストラの曲だとある。これは知らなかった。IMSLP にもある、ということなのでオリジナル(と思われる楽譜)を見たら、弦のパートがなかった。ということは吹奏楽の曲なのか。 うーむ、Wikipedia には騙された。
アサブロの記事を検索対象に加える ― 2023/03/10 23:11:50
今までこのアサブロの記事は、私が作っている全文検索のページの対象外だった。今まで私のコンピュータの力では全文検索の対象にできなかったことが一つと、Duckduckgo や Google といったところに任せておけばもれなく私のブログでも対象になるだろうという楽観が一つあった。ところが、どうも Duckduckgo や Google がすべて私のブログを拾っているかというと、そうでもなさそうだということがわかった。そこで一念発起して、アサブロの記事も対象になるようにコンピュータのプログラムを作り直した。とりあえず、なんとか検索ができるようになったことを確かめた。ただし、まだ試作段階だ。通常運用とするには、もう少し時間がかかるだろう。検索は次のページからどうぞ。
Namazu による全文検索システム
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