「一人の手」を思い出す2024/10/28 19:22:32

きのう、衆議院議員選挙に行き、最高裁判所裁判官国民審査制度の罷免の可否と合わせて投票してきた。前から何度も書いてきているが、選挙のたびに必ず選挙権を行使しているのは、私自身が善良な選挙権民であるからでは決してない。単に、使えるものを使わないでいるのはもったいないという、けちん坊な、しみったれた精神から来ているのであって、おいしいか否かにかかわらず皿に出されたごちそうは残らず食わないともったいない、という考えと全く同じである。

ただ、それだけだと弱いので、ときどき思い出したように昔教わった歌を思い浮かべて選挙に出かける原動力とする。その歌とは、ピート・シーガーの「一人の手」という歌だ。この歌は、私が小学校4年生のときのY先生か、中学校1年生のときのS先生のどちらかが教えてくれた歌だ。ピート・シーガーは「ウィ・シャル・オーバーカム 」や「花はどこへ行った」などで有名で、この2曲を教えてくれたのはどちらもS先生だったから、きっとこの「一人の手」もS先生が教えてくれたのだろう。私はひねくれ者だからこういう素直な歌の立ち位置とはずれているのだが、まだいたいけだったころに教わった歌だからか、自分の心の中に素直に入ってくるのが不思議だ。