マルティヌーの「ロッシーニの主題による変奏曲」を聴く ― 2021/11/11 19:16:35
マルティヌーのチェロとピアノのための「ロッシーニの主題による変奏曲」を聴いた。ソドレミで始まっているが、ロッシーニの曲でこのような始まりの曲があっただろうか。パガニーニが主題として採用した「エジプトのモーゼ」からの曲は短調でミラシドだし、仮にソドレミにしたとしても曲の雰囲気は違う。まあ、マルティヌーの変奏は明るくて朗らかで、実によい。
パガニーニの「モーゼ幻想曲」を聴く ― 2021/11/12 19:43:33
パガニーニの「モーゼ幻想曲」を聴いた。正式な標題は「エジプトのモーゼ」の『汝の星をちりばめた王座に』による序奏、主題と変奏曲」である。きのうはマルティヌーの「ロッシーニの主題による変奏曲」を記事にしたので、その続きである。同じロッシーニの主題による変奏曲であり、テーマも同じだ。ただし、本曲は序奏があるのに対し、マルティヌーの作品には序奏がない。序奏はこうだ。
これは「エジプトのモーゼ」第3幕の終わり近くでソリストたちと合唱で歌われる、有名な歌である。ただ、これは序奏である。ではテーマはどうか。これはマルティヌーの作品の主題でもある。
これがテーマだ。このテーマはロッシーニの「エジプトのモーゼ」に出てきただろうか。まだ全曲を聴いていないが、少なくとも序奏の歌から終結までには出てきていない。この謎がわかる日は来るだろうか。
チャイコフスキーの弦楽セレナーデop.48を聴く ― 2021/11/13 19:46:12
今朝は「題名のない音楽会」を聴いた。セレナーデを主題として4曲取り上げられていたが、その中で印象が強烈だったのがこのチャイコフスキーの弦楽セレナーデハ長調 op.48 だった。なぜ強烈かというと、あのコマーシャルの影響が大きかったからである。私はもう30年前のような印象をもっていたが、私の身近にいる人は、そんな昔のわけがない、せいぜい20年前だろうという。調べてみたら、あのシリーズがテレビで流れていたのは1997年から2003年という。ということは、私の身近にいる人の言うことが当たっていたわけだ。私が所属する八重洲室内アンサンブル(弦楽合奏団)でも弾いた、思い出深い曲でもある。
マルティヌーの7つのアラベスクを聴く ― 2021/11/14 22:27:13
マルティヌーの7つのアラベスクを聴いてみた。ヴァイオリン(またはチェロ)とピアノのための作品で、リズムの練習という副題がついている。この中で、最も気の抜けた第4番を取り上げてみた。チェロは見事にペンタトニックである。これだけならばリズムの練習でもなんでもないだろうが、もちろんだんだんシンコペーションのリズムが取りにくくなってくる。ただ、7曲の中で、リズムの取り扱いはもっとも簡素ではないだろうか。
フォーレの舟歌を考える ― 2021/11/15 23:59:59
久しぶりにフォーレのことを考えてみることにした。フォーレの作品にもいろいろがあるが、その中でピアノ作品、特に舟歌のことをこれから書いていこうと思う。
私は Twitter もやっているが、ごくたまにしかつぶやかない。最近のつぶやきは、NHK の番組の語りがおかしかったことについてである。たまたま、NHK のショパンコンクールの特集番組を録画していて、数日してその番組を見たのだった。ショパンのピアノ作品のジャンルに、ソナタのほかバラード、エチュード、ノクターンなどがある、と紹介していたのだが、バラードの紹介のときに映像と音声はショパンのバラードではなく、舟歌嬰へ長調 Op.60 だったのだ。これについて、ひさしぶりにつぶやいてみるいい機会だと思ったが、当然おかしいと思う人はいるわけで、すでに Twitter で少なくとも4人の方がつぶやいていた。私は録画していた情報に基づいてつぶやくわけで、鮮度は当然落ちている。しかたがないから、なぜこのような誤りをNHKがやらかしたかという想像も併せて2回に分けてつぶやいた。
ショパンは舟歌を1曲しか書かなかったが、フォーレは舟歌を13曲も書いた。私もホームページでフォーレの舟歌についてかなりの分量を書いたつもりだが、もう一度初心に戻ってフォーレの舟歌を見つめなおすもいいのではないかと思った。
舟歌とは何か、ということについては作曲者が「舟歌」として書いた作品はすべて舟歌である。多くの舟歌に共通する特徴としては、複合拍子であること、リズムが比較的単純なパターンで繰り返されること、舟の揺れを表わすかのようなアルペジオが使われること、などがある。これらの特徴が顕著であれば、舟歌とは題されていない作品も舟歌風に思われることがある。ショパンの作品では、舟歌風の作品として知られているものに夜想曲(ノクターン)第12番 ト長調 op.37-2がある。私の感触ではショパンの夜想曲のなかでは、夜想曲第6番 ト短調 op.15-3や夜想曲第16番 変ホ長調 op.55-2も舟歌に近いものを感じる。
フォーレの作品でいえば、13曲の舟歌の他に、小品集(ピエス・ブレヴズ)Op.84 にあるカプリッチョ Op.84-1やノクターン Op.84-8が舟歌の性格を帯びている(なお、後者は通常夜想曲13曲の系列に入れられ、夜想曲第8番と称されることが多い)。
フォーレの作品を弾いてみたい人の中には最初に弾く曲に困ることが多いのではないか。特に舟歌は13曲もあるが、フォーレ特有の転調ゆえの譜読みの難しさに加えて、アルペジオをなめらかに弾くために手指の柔軟性が求められるなど固有のむずかしさがある。そのため、舟歌にすぐに入るより、小品集の第1番と第8番をさらっておくことをお勧めする。リズムに慣れるとともに、左手と右手の受けわたしなどが練習できる。
次はカプリッチョの冒頭4小節である。舟歌の雰囲気が出ていると思う。
11小節から少し動きが出てくる。下の楽譜は11小節から14小節である。左手と右手の16音符を滑らかに受け渡せるように練習する必要がある。
フォーレの舟歌第1番を考える ― 2021/11/16 23:59:59
まずはフォーレの舟歌第1番を考えよう。イ短調のこの曲は、舟歌初心者が最初に手を付けると思われる。しかし、思ったより難しい。それは、イ短調なので黒鍵を使う機会が少なく、♭や#が多い調性より指の動きが不自然になってしまうことがあげられる。また、後うちの箇所で左が妙に音を響かせてしまうと滑らかな進行を妨げてしまうことがある。ただ、アルペジオの幅はそれほど広くなく、また速いパッセージもほとんどないので、タッチに自信のある人はこの曲を選んでいいだろう。
構成は、A-B-A-C-B-A-D(コーダ) ととらえるのがいいだろう。まず、A の冒頭の4小節の楽譜をお見せする。お分かりのとおり、高声が和声、低声がベース音、そして中声がメロディーだ。右手の親指と左手の親指・人差し指・中指で中声をとればいい。まずは右手と左手を交互に使って一つのメロディーラインを浮き立たせる手法が見て取れる。
Bの部分は9小節から始まる。9小節から12小節を以下に示す。低音の後打ちの重音を軽く弾きたいが、これがけっこう難しい。
Bの部分が終わるとAの部分が修飾されて再現し、イ短調で終始する。その後、ハ長調の伴奏型が2小節奏されたあと、Cの部分がハ長調で登場する。37小節から40小節を掲げる。小節内ヘミオラの典型といってよい。
フォーレの舟歌第2番を考える ― 2021/11/17 23:59:59
フォーレの舟歌第2番を考える。伸びやかで魅力的だが、第1番以上に難しい。最初の4小節を見てみよう。
第2拍と第5拍にアクセントがあり、ノリが難しい。和声も幅広く、アルペジオの形になっているとはいえ、手が大きくないと難しいだろう。(続く)
フォーレの舟歌第3番を考える ― 2021/11/18 23:59:59
フォーレの舟歌第3番を考える。まずは冒頭の数小節である。不完全だがあとで修正する。
フォーレの舟歌第4番を考える ― 2021/11/19 18:48:36
フォーレの舟歌第4番変イ長調 Op.44 を考える。フォーレの舟歌全13曲の中では、この曲から入るのが一番いいのではないかと考える。まず、コンパクトである。これは小節数が短いという意味もあるし、繰り返しが多いので曲想がとらえやすいという意味もある。また、技術的にもそれほど難しくはなく、和声の面でも明快である。黒鍵が多い調でもあり、指捌きが容易である。全体は A-B-A の三部形式のコーダがついている。まず、Aにあたる部分の第1小節から第6小節を見てみよう。
序奏2小節があるので左手と右手の準備が別々にできるのがうれしい。第4小節と第6小節でヘミオラが出てくるが、左手と右手で同一のリズムなのでとりやすい。A の部分はこの3小節から4小節の変奏であるといっていい。
次はBにあたる部分の開始である41小節から48小節を見てみよう。
高声は軽く、中声は歌うように、というフォーレの指示がよく当てはまる。では低声はどう扱えばよいか。もちろん、豊かに響かせるための工夫はしたいが、私が考えているのは別にあり、それは低声のアルペジオをなくすことである。アルペジオにするとどうしても舟歌のリズムが崩れてしまうと私は思っている。そこでアルペジオをなくす方法を考えたい。例として45小節と46小節の低声を取り上げ、この部分を工夫してみよう。まず45小節は右手がEの単音を、左手がCGEの十度(スパン2)をとるように見える。事実、スパン2が左手で取れれば、それに越したことはない。しかし、手の小さい人であっても、ここは左をアルペジオにせず、右手のオクターブで取ることはできる。次のGCに移るのが難しいが、これは指捌き次第でどうにでもなる。そして次の左手にはECGisのスパン3の和音があり、これにはアルペジオが(私の持っている春秋社版では)ついている。ところが、このアルペジオもなくすことができる。それには、右手でGisをとればよい。右手の指捌きには工夫がいるが、同時打鍵によるリズムの明快化の利点が優ると思う。
なお、アルペジオがあるならそれでいいではないか、と思う向きがあるかもしれない。私はその意見に与しない。理由は、41小節から48小節が半音下になった以外は同じ音形が、49小節から56小節で繰り返されるからである。いま解説した音形が45小節と46小節に対応する音形が対応するのは53小節と54小節で、このときどちらもスパン3になっていることを確かめられたい。そして、私の持っている春秋社版では、53小節も54小節も、アルペジオ記号が書かれていない。
なお、スパン2とスパン3という用語について説明をしなかった。ピアノで根音の鍵盤と十度上の鍵盤がどちらも同じ白鍵かどちらも同じ黒鍵にあたる場合をスパン2という(例:Cと10度上のE、Esと10度上のGesなど)。ピアノで根音の鍵盤と長10度上の鍵盤が互いに白鍵と黒鍵の位置にあるときスパン3という(例:Desと10度上のF、Dと10度上のFisなど)。スパン1は、根音の鍵盤と短10度上の鍵盤が互いに白鍵と黒鍵の位置にあるときをいう(例:Cと10度上のEs、Cisと10度上のEなど)。
フォーレの舟歌第5番を考える ― 2021/11/20 10:01:39
フォーレの舟歌第5番嬰ヘ短調を考える。簡素な第4番に比べると大型なこの曲は、なかなかまずは楽譜の第1小節から第4小節を見てみよう。どこか武骨に見える。
ほどなく同名調である嬰ヘ長調に転調したあとで、調号を変ト長調に変えたのち第16小節からおだやかな波のようすが現れる。2+2+2+3 のリズムであることに注意。
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