ハイドンの弦楽四重奏曲「五度」を聴く ― 2022/05/01 19:57:29
弦楽四重奏曲はどんな曲もいいと思う。今度もハイドンの弦楽四重奏曲で、Op.76-2 の「五度」だ。最初の第1バイオリンが五度下降するメロディーを弾くからこの名前がついている。なんと安直な命名だろうか。音楽はすばらしいのに。
第2楽章は落ち着いている。しかし、いまだに覚えられない。覚える必要はないことはわかっているが、悔しい。
第3楽章のメヌエットは、ずいぶんと無骨な始まりだ。
第4楽章はモーツァルトのように軽やかだ。
ギボンズの「A Running Fantazia」を聴く ― 2022/05/02 23:59:59
ギボンズの鍵盤音楽全集から第5巻「A Running Fantazia or Prelude」を聴いた。チェルニーの練習曲のような趣だ。
ギボンズの「Fantazia of foure Parts」を聴く ― 2022/05/03 23:59:59
ギボンズの「Fantazia of foure Parts」を聴いた。題名に foure Parts とあるから、4 声がすべて登場するまで楽譜を書いた。たぶん foure というのは現代の英語の four のことではないかと思う。この響きは、バードのミサ曲を思わせる。
ギボンズの「A Fancy in gamtl flatt」を聴く ― 2022/05/04 23:59:59
ギボンズはもう少しだ。「A Fancy in gamut flatt」を聴いた。表題の意味はわからない。全体に物悲しい。調号はニ短調に見えるが、実際の調性はト短調である。
ギボンズの「A Fancy in gamtl flatt」を聴く ― 2022/05/04 23:59:59
ギボンズはもう少しだ。「A Fancy in gamut flatt」を聴いた。表題の意味はわからない。全体に物悲しい。調号はニ短調に見えるが、実際の調性はト短調である。
成長を考える ― 2022/05/05 09:36:17
成長を考える(続き) ― 2022/05/06 19:39:22
成長といえばこんなことがあった。社会人一年めは、思い出すのも嫌なほどみじめな一年間だった。それはともかく、当時のテーマは、ある種の「成長」に関する研究開発だった。この成長を、当時の上司は必ず「生長」と書いていた。なぜ上司がそう書いていたのか私は知らない。上司はたまに「成長」と書いていたので、「生長」と書いていた意味があったのかもしれない。
私自身は当時から、いやもっと昔から成長していない。嫌な上司に「人間はいくつになっても成長する」と言われるぐらいなら(そう、きのうの話のある人とは、私の上司のさらに上司にあたる人だった)、成長なんてしてたまるか、と思っている。
ただ、成長はしなくとも、熟達はしたいと思っている。チェロはうまくなりたいし、将棋も強くなりたい。コンピュータプログラムもすらすら書けるようになりたい。そんなことは絶えず思っている。
ただそれと、成長というのは別だと思っている。私が思い浮かべる成長は、身体的な成長と人間的な成長である。身体的な成長は、こどもの背が伸びたり体重が増えたりする成長で、普通大人はこの手の成長はもうしない。では人間的な成長とは何かというと私にはよくわからない。たとえば、宮沢賢治の通称「雨ニモマケズ」の詩に出てくる「サウイフモノ」が一つの成長した人の姿なのかもしれないが、よくわからない。
人間は齢をとると丸くなるものかもしれないし、偏屈になるものなのかもしれない。一般的にどうかというのは、私にはわからない。ただ、私自身は、何かに熟達したいと思っている。
それにしても、こんな同じことを何度も書くなんて、私もついに武者小路実篤になってしまったのではないか。
ハイドンの歌劇「薬剤師」序曲を聴く ― 2022/05/07 12:53:15
ギボンズ「A Fancy or Voluntary」を聴く ― 2022/05/08 19:52:06
ギボンズの「A Fancy or Voluntary」を聴いた。最初はごく普通のカノンだが、だんだん音数が多くなっていく。
羽生九段の振り飛車について考える ― 2022/05/09 23:59:59
さて、あるブログを見ていたら、羽生は基本的に居飛車党だが、これから振り飛車を指せば勝てるようになるのではないかという意見があった。その当否は私にはわからないが、羽生は振り飛車(*も*)うまい。羽生の振り飛車を見てみたい気がする。
もとは居飛車党で、のちに振飛車に転向した第一人者といえば大山康晴第十五世名人が思い浮かぶ。私が将棋を覚えたのがおよそ 40 年以上前で、当時は中原誠が名人だった。そのころ大山はすでに振り飛車しか指さなかったにもかかわらず、「表芸が矢倉、裏芸が振り飛車」と言われていた。裏芸でそこそこ、というよりかなり勝っていたから、表芸を採用したらどれほど凄いことになるのか、子供心ながら怖い気がした。
さて、羽生は四段デビュー当時からまれに飛車を振っていた。私が覚えている羽生の振り飛車は、1996 年 5 月 20 日から 21 日にかけて戦われた名人戦での後手四間飛車である。先手の森内は引き角から飛車先を突破しようとした。後手の羽生は43の銀が浮いているのをとがめている。羽生はこの順にあえて飛び込んだ。これが私には驚異だった。さらに、羽生は敵陣に作った龍を引きつけ、粘った。この発想が私にはわかなかった。龍をひきつける少し前に指した、36手めの35歩には感嘆した。当時週刊将棋を読んでいて、この手を恐ろしいと思ったことがいまだに忘れられない。
この将棋の羽生は負けてしまったが、負けてなお羽生は強いと思った。
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