ラフマニノフの交響的舞曲を聴く ― 2026/06/05 22:20:24
ラフマニノフの交響的舞曲Op.45を聴いた。今まで聴いていなかったのを後悔した。かっこいい。ある方がラフマニノフの作風を「クラシック界の徳川慶喜」と表現したけれど、その理由はともかく、近現代の潮流に目もくれず、ひたすらロマンを追求しているその姿勢がすばらしい。
全3楽章からなる。第1楽章の半ばでは、オーケストラではめったに使われないアルトサックスが登場し、泣かせるソロを聴かせる。いや、アルトサックスだけでなく、木管楽器全部が泣かせる。しかし、第2楽章、第3楽章ではアルトサックスは全く使われない。もったいないが、ラフマニノフはこれがよしと判断したのだろう。ピアノも第1楽章と第2楽章のところどころで使われるが、第3楽章ではTACETである。ピアノの名手が第3楽章でピアノを封印した理由はなぜだろうか。それから、私が見た演奏ではハープは2台使っていた(当然2人いる)が、スコアでは1台だった。ホルンなどの楽器はアシストのために人数を足すことはあるが、ハープも同じようなことがあるのだろうか。
ボロディンの「ダッタン人の踊り」を思い出す ― 2026/05/08 23:59:59
あるテレビを見ていたら、どこかで聞いたことのある旋律が、私の知らない編曲で聞こえてきた。思い出そうとして悩むこと15分、やっとボロディンの「ダッタン人の踊り」の一部分だと気づいた。この旋律は、以前ブログで「韃靼人の踊り」を聴く で書いたことがあるので繰り返さない。私はボロディンの作品をあまり知らないので、調べてみると面白そうだが、元気がない。
ボロディンといえば、ラヴェルの「ボロディン風に」というピアノの小品もあった。ラヴェルは数ある作曲家の中からなぜボロディンを選んだのだろうか。気になる。
ブラームスのセレナードOp.11を聴く ― 2026/04/30 18:18:24
「名曲アルバム」の水増しを嘆く ― 2026/04/29 23:03:30
少し前に、NHKの「名曲アルバム」で、フォーレの「シチリアーノ」が放映されていた。この「シチリアーノ」を聴いたときに、違和感が残った。聴きなおしてみると、原曲に比べて水増しされていることがわかった。これが違和感の正体だった。
フォーレのシチリアーノの原曲は、主に3つの主題A,B,Cからなり。A-B-A-C-Aとたどってコーダで終わる。ところがこの名曲アルバム版のシチリアーノは、A-B-A-C-A-B-Aとしてコーダに至るので、BとAの部分が水増しされている。なぜ、水増しされたのだろうと考えると、名曲アルバムの時間は5分間であるから、この尺に合うように調整されたからだろう。ちなみに、原曲の所要時間は3分半から4分の間だ。
この水増しによって、主題のCの部分の印象が弱くなってしまう。C部は主に変ホ長調に支配されていて、少し陰りのあるメロディーが何とも美しい。これが、B で上書きされてしまうのではないかという心配だ。
昔、私がいた職場で、この名曲アルバムに関係する(かもしれない)事件を、私は起こしたことがある。後味の悪い事件で、もう今となっては忘れたいのだが、この水増しを聴いて思い出してしまった。
以下は楽譜である。ピアノソロ用に、作曲者フォーレ自身が編曲した版だ。
主題A
主題B
主題C
コーダ
フンメルのトランペット協奏曲を聴く ― 2026/04/14 23:12:53
フンメルのトランペット協奏曲を聴いた。フンメルの曲で知っているのはほとんどなくて、私が持っているピアノソナタ選集にフンメルのピアノソナタヘ短調があり、これを少し弾いたことしかない。また、トランペット協奏曲というジャンルが不案内で、私はハイドンのものしか知らない(バッハのブランデンブルク協奏曲第2番をトランペット協奏曲というのであればこれは知っている)。フンメルに戻ると、トランペットの音色が輝かしく、なかなか聴きごたえがあった。
マーラーの交響曲第6番を聴く ― 2026/04/11 21:47:49
マーラーの交響曲第6番を聴いた。私がこの曲で注目していたのは、ハンマーをどこで打つか、ということがほとんどで、曲そのものを聴く態度とはとてもいえない。次回聴くときには、曲そのものを聴くように心がけよう。
シューマンの交響曲第3番「ライン」を聴く ― 2026/04/07 23:14:09
シューマンの交響曲第3番「ライン」を聴いた。シューマンの交響曲を聴く趣味は私にはないが、まだ二十歳前のときは何回か聴いていたのだった。久しぶりに全曲を一通り聴き通して感じたことは、忘れたころにもう一度聴くのがいいかもしれない、ということだった。
ブラームスの交響曲第3番を聴く ― 2026/03/29 15:36:18
ブラームスの交響曲第3番を聴いた。未だに私はブラームスの交響曲が覚えられない。音楽は聴いて覚えるものではないから覚えていなければそれでいい、といえばいいのだが、どういえばいいのだろうか。これは何度も聴いていたい、という気分にはならない、というのが正直な気持ちだ。
今までにブログで、ブラームスの交響曲について聞いたことを何度か書いている。第1番や第2番についてはそれぞれ2回書いていて、第4番についても1回書いている。第3番については初めて書くつもりなのだが、ひょっとして前にも書いているかもしれない。
それで第3番についてはどうかというと、どうしても第2楽章が、つまり緩徐楽章が自分の心に入ってこない。どういうわけだかさっぱりわからない。第4番の緩徐楽章は少しは覚えている。第2番の緩徐楽章は自分が所属しているアマチュアオーケストラでチェロを弾いたのでやはり少しは覚えた。しかし、第1番や第3番の緩徐楽章が、どういうわけか私には向かない。しかし、何度か聴けば変わるかもしれない。
マーラーの交響曲第9番第3楽章と第4楽章を聴く ― 2026/03/27 23:09:06
マーラーの交響曲第9番第2楽章を聴く ― 2026/03/25 17:43:55
きのうに引き続き、マーラーの交響曲第9番第2楽章を聴いた。ところどころ胸に迫るところがあるが、長続きしない。まだまだ聴かなければならないところが多いということなのだろう。私はもう、3分以上の集中力が続かない体になってしまった。





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