散歩に出かける2024/04/16 21:07:44

散歩に出かけた。最初は目的地を決めていたのだが、その目的地近くまで行っても場所がわからなかったので、その目的地はあきらめた。そのかわりに、バスが通っている道を確認しながら進み、バスの終点1個前の場所が分かった。帰りは全く知らない道を進むことになった。気が付くと、川なのか用水路なのかわからないところに出ていた。確か、この川には看板が出ていたのだが、忘れてしまった。今度行ったときに確認しよう。

バッハのブランデンブルク協奏曲第1番を思い出す2024/04/15 22:45:38

バッハブランデンブルク協奏曲第1番第1楽章冒頭

きのうはバッハのブランデンブルク協奏曲だい2番について書いた。そこで今日はバッハのブランデンブルク協奏曲第1番について書く。この第1番ではホルンが2本使われている。第1楽章はホルンが3連符をときどき挟むのがおもしろい。

バッハのブランデンブルク協奏曲第2番を思い出す2024/04/14 10:18:06

きのう、仲間と飲みに行った。つい最近ドイツに行ったという方がベルリンのブランデンブルク門を見てきた、とおっしゃっていた。ブランデンブルクといえばブランデンブルク協奏曲である。そういえば、ブランデンブルク協奏曲を最近聴いていない。どれを聴きたいかなと思って浮かんだのは第2番だった。第1番と第2番はどちらも同じヘ長調で、独奏楽器に金管があるからときどき混同してしまう。第1番の独奏楽器はホルンとオーボエとファゴットとヴァイオリンで、第2番の独奏楽器はトランペットとリコーダーとオーボエとヴァイオリンである。そうだ、第2番のトランペットは高い音域ばかりだから難しいと聞いたことがある。

別の仲間と飲みに行ったときのことである。トランペット奏者の方が、このあいだピッコロを吹きに出かけたが難しくて音が出なかった、と言われた。ピッコロも吹けるんですか、と誰かが驚いていたが、いや、ピッコロトランペットですよ、とトランペット奏者は答えた。そうですね。ピッコロといえば、小さいという意味の一般的な形容詞だよな。身近にいる人と私がイタリアにいったとき、土産物屋に言ってカリメロのぬいぐるみが目に入った。ただ、持って帰るのに少し大きかったので小さいのがないかと店の人に尋ねようと思って「ピッコロ、ピッコロ」と声を張り上げたが、店の人に通じていなかったのか、はたまた通じていたけれど在庫がなかったのか、小さなカリメロが出てこなかった。それはともかく、ブランデンブルク協奏曲第2番のトランペットはかっこいい。

伊福部昭の「リトミカ・オスティナータ」を聴く2024/04/13 23:28:22

伊福部昭の<ピアノと管絃楽のための「リトミカ・オスティナータ」>を聴いた。なんか、かっこいい。初期のヒナステラに似ているところも感じた。こういう、繰り返しを基調とした曲には心を揺さぶられる。

ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を聴く2024/04/12 23:09:15

ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を聴いた。この曲を指揮した指揮者は、4拍子で始まっているといったので調べてみた。ラヴェル自身が編曲した2台ピアノ版の楽譜を見てみると、楽譜は最初から最後までほぼ3拍子のままだが、初めのほうで1小節に等分された8連符があったりするので、これが4拍子ということなのかと理解した。それにしても、俺はラ・ヴァルスに4拍子の個所があったなんて知らなかった。俺は何を聴いていたのだろう。

チェロの練習に出かける2024/04/11 23:06:42

チェロの練習に出かけた。今さらっているのは、チャイコフスキーの「感傷的なワルツ」とクライスラーの「美しきロスマリン」である。どちらも私に似合わないが、そんなことを言ってはどんな曲も私に似合わないと言われそうだ。とにかく、さらうことに意味があるのだと信じている。

「感傷的なワルツ」は、音の伸び方が足りないのが問題だ。いろいろな方法を先生が教えてくれるのだが、ある一つの方法を実行しようとすると別の方法がおろそかになってしまう。そんな繰り返しでなかなか全体としてよくなるようにはならないのだった。

「美しきロスマリン」は、いつかも書いたようにバイオリンの曲だ。それをチェロでやろうとするのは無謀であるが、最近は「感傷的なワルツ」を含めてメロディーを歌う曲を主に練習しているので、たまには弓捌きを主とした練習をしてみたいと思って選んだのだった。実際、先生は弓捌きの方法をいろいろ教えてくれる。しかし、こちらもある一つの方法を実行しようとすると別の方法がおろそかになってしまう。本当に困ったものである。

フィンガー5の「学園天国」を思い出す2024/04/10 22:49:21

きのうテレビをつけたら、フィンガー5の「学園天国」を、某歌手集団のうちの何人かが歌っていた。もう何年前だろう。「学園天国」は私の中では「個人授業」や「恋のダイヤル6700」ほどの衝撃は感じなかったが、それでもしっかり歌は残っている。なお、私の学校生活は暗かったから、「〽あの席をただ一つねらっているんだよ」という楽しい考えはついぞなかった。

野口五郎の「甘い生活」を聴く2024/04/09 23:19:15

野口五郎が歌う「甘い生活」をテレビで聴いた。テレビによれば、この曲は野口五郎最大のヒット曲だという。そうか、「私鉄沿線」ではなかったのか。

ブルックナーとマーラーの違いを考える2024/04/08 22:15:36

わたしはドイツやオーストリアの音楽が苦手だ。ということになると、私は管弦楽がきけなくなってしまう。

ある方からこんなことを言われた。ブルックナーが嫌いということは、その源流のシューベルト、ベートーヴェン、モーツァルトに至るまで否定することになる。私は、ブルックナーが嫌いとその方に向っては言ってはいないけれど、ひょっとしたら何かの理由でそう思われたのかもしれない。

なぜドイツ音楽が自分で苦手とするのかはわからない。好きなものもある。ひょっとしたら、ドイツ音楽そのものではなく、ドイツ音楽が好きな方が抱いている、音楽に対する指向に私がついていけないのかもしれない。今でこそあまり言わないと思うが、ドイツ音楽に対して精神性がどうのこうのという主張があった。この精神性というのは何か、私はよくわからない。音楽なんて、楽しければそれでいいではないかといういいかげんな考えを私は抱いているから、精神性にはついていけないのだ。

そういえば、ブルックナーとマーラーの違いについては、やっと少しわかるような気がしてきた。ブルックナーは同じ旋律を何度も繰り返すしつこいタイプで、マーラーはいろいろな旋律をあちこち書き散らかすタイプだ、ということだ。それ以上の違いが私にはわからない。大きな共通点は、長い交響曲を書いたということで、この共通点などがたいしたことではない、という違いがわかるようにはまだなっていない。修行が足りないのだろうが、この違いがわかるような修行をしたいかというと、今のところはそのような気にはならない。

ビートルズの「トゥー・オブ・アス」を聴く2024/04/07 09:19:54

ビートルズの「トゥー・オブ・アス」を聴いた。
We’re on our way home
の繰り返しが耳に残る。この歌を聴くと勝手にカントリー風だと思ってしまう私は耳が悪いのだろう。