診療所で待たされる2026/09/17 20:57:29

今日は午前中某診療所に行った。検査と診察、会計でそれぞれ待たされるが、だいたい2時間ぐらいだろうと思っていたら、今日は受付をしてから会計が終了するまで優に3時間はかかった。この診療所でこれほど時間がかかったことは今までなかった。

今までは、受付から検査まではだいたい1時間待てばよかった。それが受付から検査までの時間が1時間半を超えていた。何かが変わったのだろうかと気になったが、私が気づいた範囲では診療所の中で変わったところはなかった。

待たされることは承知の上で、待つ時間を過ごすために今日もって行ったのは詰将棋の本だった。待ちながら詰将棋を考えていたが、5手詰がなかなか解けない。そんなわけだから、7手詰も、9手詰も、それ以上長い詰将棋も全然解けない。待ち時間が長いことにイライラしている上に、詰将棋が解けないことでイライラしている。これでは、詰将棋本を持って行ったことは逆効果だったということか。それでは別の読み物を持っていったよかったのかもしれないが、そのような本があっただろうか。本棚を探して、今度はそういう本を持って行きたい。

待合室の中は多くの人がいた。ほとんどが老人だが、中には子供もいた。その子供はスマートフォンの動画を見ていたが、イヤフォンから音が少し漏れ出していてその音が私の癪に障った。他にも、いい年をした親父がサンダルから脱いだ足を膝で組んで足裏をこちらに向けてきたのには参った。

昼飯は初めての場所へ行った。うまかったが、診療所で待たされた苦痛を埋め合わせるほどの喜びはなかった。最近どうも、調子がわるい。どうしたものだろうか。

風呂を掃除する2026/09/16 21:45:01

私が住んでいる家では、3か月に一度、風呂を掃除する。担当は私だ。家事はほとんど担当しないので、風呂掃除は罪滅ぼしと思ってやっている。前回風呂を掃除したのは6月だった。いつも3か月は長いようでいてあっという間にやってくる。

3か月に一度という頻度は、四半期に一度ともいう。昔は四半期ということばになじめなかったが、会社生活で、四半期決算が導入されてからはだんだんなじむようになってきた。といっても、四半期ということばがなじむだけで、決算処理それ自体はいやなことの連続だった。

風呂掃除は疲れる。とはいえ、風呂掃除を四半期ごとに行なうのは、頻度としてはまず妥当なのではないかと思う。毎月というのはしんどいし、かといって半年では汚れがたまっていやになるのではないかと思う。そんな怠惰な私が聞くところによると、毎週風呂掃除をしている方がいるという。なんとまじめな方なのだろう。私はその方を尊敬している。

サザンオールスターズの「真夏の果実」を聴く2026/09/15 22:10:08

NHKの「うたコン」で、サザンオールスターズの「真夏の果実」を歌っている人たちがいた。よく聴いてみると、サビがソドレミだ。これは記録する必要があると思い、楽譜にした。下記の楽譜の 16 分音符のコブシのような節回しは一応桑田佳祐の歌に似せてみたが、違和感がある。ただ、コブシを正確に記すのは難しいことをご了解願いたい。


口笛を吹く2026/09/14 21:50:25

今日は久しぶりに快晴の一日だった。そこで午前中から散歩することにした。川べりの道を歩いていると、前を歩く人が口笛を吹いていた。どんな曲かはわからなかった。その人が川べりからすこし外れた道に移動したので、私も口笛を吹くことにした。どんな曲を吹こうかと考えて、フォーレの五重奏曲第2番Op.115の第1楽章を冒頭から吹くことにした。あまりメロディックな曲ではないのだが、なぜか吹きたい気分になった。

川べりに沿って歩きながらしばらく気持ちよく口笛を吹いていると、さきほど道から外れた人がまた川べりに現れた。この人もずっと口笛を吹いていたらしかった。自分が吹いていることもあり、どんな曲かはますますわからなかった。ということで二人がてんでばらばらに口笛を吹きながら距離を保ちつつ同じ方向に向かって歩いているという、奇妙な状態になった。

口笛を吹いている人はまた川から離れ、今度は川から離れていき、戻らなかった。

張本勲氏が広島出身であることに改めて気づく2026/09/13 21:56:19

張本勲氏の訃報に接した。野球選手としての偉大さは多くの人が称えているだろう。私は、別のことで驚いたことを書く。

張本氏の訃報を受けて、朝日新聞のコラム「天声人語」でエピソードが報じられた。コラムの筆者が記者時代、ある喫茶店で張本氏にインタビューし、張本氏の顔写真を取ろうとして店の人から「撮影はご遠慮を」と言われカメラをしまおうとしたときに張本氏がいったことばである。

「若い人が頑張っとるんです。ちょっとだけお願いします」。要領の悪い記者を気の毒に思ったのか。ほかの客にも頭を下げて「わししか写らんし、こらえてつかあさい」。店の人も笑顔でうなずいてくれた

張本氏が広島出身ということはぼんやりとは知っていたが、「こらえてつかあさい」とは、広島のかおりが強いことばだと思った。私は、井上ひさしの戯曲「父と暮せば」を思い出したほどだ(この戯曲にこのことばが出ているとは思わないが)。

このことについて身近にいる人に話すと、「古風な言い方だね」と答えた。私が「サンデーモーニングに出ていたときの話を聞く限りは、それほど広島だとは感じなかったけれど」と不思議に思うと、身近にいる人は「いや、聞くと広島だとわかる」と断言した。今朝のサンデーモーニングで張本氏のビデオが何度か再生されて、そのときの話を聞くと、確かにイント―ネーションが広島の人だった。

広告を信用できないと思うときがある2026/09/13 09:33:38

私はバカだから、人の言うことは信じてしまう。だから、広告も鵜呑みにすることが多い。しかしそんな私でも、広告を信用できないと思うときがある。広告に掲載されている情報が、私が認識している確固たる事実と明らかに異なるときである。

私がほぼ毎日見ているブログがある。このブログでは地元越谷市の情報を発信している。あるとき、ある店の情報が宣伝されていた。私の興味にはない業態の店だったが、まずは確認しようと思って住所を見たら、蒲生西町〇〇〇と書かれていた。これはおかしい。ブログに掲載されている写真などの他の確実な情報から考えると、ここの住所は蒲生町〇〇〇でないとおかしい。

要は、くさかんむりの有無で漢字が変わってしまう、ということだ。これに気がつかないブログの担当者が信用できなくなった。その結果、住所以外の宣伝情報まで信用できなくなった。ただ、担当者に同情できる点があるとすれば、蒲生西町も蒲生茜町も実在する地番なので、誤りに気がつきにくいということだろうか。

これを教訓として、「人の意見を鵜呑みにせず、自分で真偽を判断すべし」ということを学んだ。また、誤植など、私が犯しやすいミスについて「人の振り見て我が振り直せ」ということを学んだ。

図書館から借りてきた本に書き込みがある2026/09/12 11:02:22

図書館から借りてきた本を見ていたら、ある本に付箋がついていた。このような公共財の書籍への付箋は厳禁であるという。まず、付箋をはがすときに一緒に書籍の紙まではがれてしまい、本が損傷してしまう。また、付箋をはがすときに本に残ってしまう付箋の糊が本に残ってしまい、その残った糊のため本が汚損してしまう。おもにこの2点が問題だ。

私は本について付箋を丁寧にはがしたが、こういうことをした輩を許しておくわけにはいかない。しかし、どうしようもない。 おまけに、この本には鉛筆による書き込みまであった。同一人物なのだろうか。鉛筆による書き込みも私が消したが、本当にがっかりした。

自分がホームページに書いた内容を忘れる2026/09/11 23:01:19

今日は、ある数値計算についてできそうでできないことがあり、散歩しながら考えたのだがうまい方法がみつからなかった。仕方なくホームページに「できない」と書こうとしていたのだが、関連するページを見てみたら、はるか昔に放置していた箇所が見つかった。よく読んでみると、今日自分が考えて、うまくプログラムできない、と考えていた問題が、放置されてはいたが見事に解決できていた。いったい俺は何を考えていたのだろう。

あわてて放置されていた箇所に多少説明を加えた(それでも舌足らずだし意味が通じにくい)。まったくなんということだろう。それでも、疑問が解決できたからよしとしよう。

Duolingo でエスペラントを学んでみる2026/09/10 18:55:08

私の親戚が、Duolingo で韓国語を学んでいる。そこで、Duolingo というものはどういうものか知りたいと思った。ただ、私が韓国語を学ぶ動機は弱い。それならば、もう少し学びたいという思いの強いエスペラントを学んでみることにした。Duolingo のサイトはすぐ見つかり、学びたい言語のなかでエスペラントを選んだ。

すると、応答の言語が日本語から英語に代わってしまった。あれえ、俺は英語を学ぶなんて御免だ、と思ったが仕方がない。このまま突き進んでいくことにした。私のエスペラントのレベルは初心者に毛の生えたレベルにしてみた。英語もなんとか分かる程度だ。レッスンが始まり、なんとか1レッスンをやり終えた。このまま続けられるだろうか。

洪水におびえる2026/09/09 22:39:30

最近、至るところで洪水のニュースを見る。洪水は本当に怖い。

はるか昔、私が住んでいた家のトイレは汲み取り式だった。あるとき、大雨でみるみるうちに水が溜まってきた。おそらく床下浸水したのではないかと思う。雨が降り続く中不安になり、用を足しにトイレに行くと、和式の便器から目の前まで水面が見えた。なんとか用を足したが、あの恐怖は一生忘れない。