『論語』を読む ― 2026/06/13 23:59:59
久しぶりに『論語』を読んでみようと思い、出先との往復の時間を使って日本語訳の部分を少しだけ読んだ。ははあ、と感心したのは、「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」という成句で有名な段(第17篇、第3段)についてである。これは孔子が、弟子である子游に向って発したことばであり、たしかに言われている状況を説明しているのだけれど、言われた側の弟子がちゃんとそれに反論していた。そして孔子も弟子のいうことはもっともだと認め、先ほどの「鶏を…」といったのは冗談でした、と、前言撤回のような言い方をしていた。やはり原典を読んでみないとわからないものだ。
なお、状況とはどういうものかと言うとちょっと説明しにくいが、私の理解でいうとこういうことだ。弟子の子游が統治している小さな都市を孔子が訪れると、家のいたるところから、わざわざ国の政治で使われるほどの立派な音楽と詩(礼楽)が聞こえてきた。これに孔子が驚き、茶化しぎみで鶏を小さな都市に、音楽と詩を牛刀に見立てて、からかい気味に発したのが先のことばだった。これに対して子游の反論は次のようなものだった。礼楽を大事にしているのは、その大事さを昔、孔先生から教わったからです。教養ある人は礼楽によって人々を大切にするようになるし、教養がない人も礼楽によって年配者に従うようになる、ということでした。
なお、『論語』を読んでみようと思ったのは、対話が心に残る古典として他の、プラトンの『対話篇』や『新約聖書』と並んで紹介されていたからである。
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