フォーレの「ピアノとオーケストラのための幻想曲」を調べる(1)2020/06/08 23:00:00

さて、フォーレの「ピアノとオーケストラのための幻想曲ト長調 Op.111」の冒頭は、ピアノソロで始まる。ピアノの譜面を見るとわかるとおり、主題 A のメロディーは A(イ) の音符から始まる。これは、メロディーは移動ド唱法によるレから始まるということだ。
フォーレ「ピアノとオーケストラのための幻想曲」第1小節
以下、本項では特記なき限り、ドレミファソラシは移動ドを表す。
これは非常に不思議である。普通、長調の曲ならばメロディーをドかミかソから始めるからである。しかし、フォーレは確固たる意思のもとにレを選んだ。昔、岩城宏之だったかが、「長調の曲ならばメロディーをドかミかソから始める」という記述に対してそんなバカな話はないと怒ったという記事を読んだ。岩城によれば、ロンドンデリーエアーはシから始まる、レノン=マッカートニーのイェスタディはレから始まる、ほかにもいろいろな例を出していたと思う。ちなみに、ファから始まる有名な曲は思い出せなかったが、調べてみたらトア・エ・モアの「空よ」がある。フォーレに戻すと、フォーレの旋律としては異例ながら、レから斜めに切り込んだメロディーはさわやかである。レの音の次はドでこれは普通だが、次はラである。ラを選んだのもひねくれているが、次にソに行く。そしてミレを経由してドに落ち着く。しかし、このメロディー全体はドにとどまるところが少なく、全体として比重ががソにかかっている。この不安定なメロディーがこの後の動きを見るのにちょっとした役に立つかもしれない。そのほか、メロディーに表れる Cis に着目した旋法的な浮遊感や、左手の裏拍だけによる不安定感と 10 度をふんだんに使った和音でささえる安定感の奇妙な混交が、この曲の行先を暗示させる。なお、譜面の二分音符 = 86 は誤りで、正しくは四分音符 = 86 である。フォーレの初稿の譜面が IMSLP に出ているのでそれを見たら、なんとそちらも二分音符 = 86 だった。

これだけ書いて長くなったが、不思議ついでにもう一つ付け加えると、冒頭に強弱記号がなく、その代わりに con suono と書かれている。英語で言うと、with sound ということだろうか。そのまま訳すと「音を出して」となるが、音を出すのは当たり前である。この場合は、遠くに飛ばして、と解釈するのがよいように思う。強弱の度合いはそこから自然に決まるだろう。

さて、5小節からは管弦楽に伴奏が移る。ただし、この移行において、メロディーも和声も、すべて全音下(長二度下)に水平移動している。この関係は冒頭のメロディーのラ⇒ソの全音下降のリフレインとみるのはうがちすぎか。それはともかく、メロディーはクラリネット2本が、そして伴奏はハープが担う。
フォーレ「ピアノとオーケストラのための幻想曲」第5小節
クラリネットの en dehors は、浮き立たせて、という意味だ。ピアノ冒頭の con suono と根っこは一緒なのかもしれない。なお、フォーレの初稿ではこのメロディーはホルンにも書かれていたが(あるいはホルンだけを想定していたのか)、ていねいに消されている。管楽器の特性を考慮すると、この場合はすっきりした語り口のクラリネットが、芳醇な音色のホルンより似合う。何か日本酒の批評のようになってしまいましたね。

1小節がA-G、5小節がG-Fと来た、それならば9小節はF-Es と来て、どんどん螺旋状に下降するのではないかと不安に思う。この予想は半ば当たっていて、9小節はピアノに旋律がもどってきて予想 F-Es を奏するのだが、次の進行を少しいじっていて、10小節以降は2小節以降と同じになる。ちょっとしたマジックだが、そこはフォーレの小手調べというところだろう。
フォーレ「ピアノとオーケストラのための幻想曲」第13小節
最初の主題の提示がおわる前、13小節から14小節にかけて、オーボエとフルートが、あくびをするようなオクターブ跳躍+短2度のフレーズを奏する。ここでは単なる接続のように聞こえるが、のちにB主題にも表れる前触れである。驚嘆すべきは、13小節のオーボエの Cis とセカンドヴァイオリンの C が、そして14小節のフルートの F とファーストヴァイオリンの E が、短2度で衝突しているにも関わらず、ごく自然な響きとして聞こえてくることだ。
フォーレ「ピアノとオーケストラのための幻想曲」第15小節
第15小節からはアルペジオを伴ったピアノのソロが披露される。このメロディーは、冒頭ピアノの2小節から3小節にかけて、AG DG D DCisB|AGから、GDCisBA の旋律を移動させたことがわかる。このメロディーはそれほど展開されないが忘れたころに出てくるので、これを A' としてもいいだろう。 

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