カレーの値段で消費税が上がったことを知る2019/10/01 23:16:16

カレーを食べに行った。きのうまで昼のカレーで一番安いメニューが「税込み700円」だったのが、この日から「税抜き700円」になった。ということで、この日は安いカレーで770円を支払った。この分、どうやって取り戻そうか。

プリンタのインクを買う2019/10/02 23:18:20

プリンタのインクを買った。どうせ使うものだから消費税増税前に買っておけばよかったのだが、そういう才覚がなかった。あきらめよう。

歯医者に行く2019/10/03 23:08:25

歯医者に行った。歯石の除去が主で、その前に親知らずの奥に挟まったカスを取ってもらうのが従のつもりでいた。歯医者はまず、カスを取ったが「こんなにカスが詰まっていては、何か考えないといけないですね」と言って、「邪道ですけどね、大学の口腔外科の先生にはなんといわれるかわかりませんが」と言って親知らずの周辺に詰め物をした。

「詰め物をしたということは、中が膿んできたり詰め物が取れたりということはあるんでしょうか。」と尋ねた。歯医者は「詰め物が取れるということはあります。そのときにはまた来てください。」といった。そして、「詰め物は30分しないと固まらないので、続けての歯石除去はできません。別の日にいらしてください」と言われたので、ショックだった。仕方なく別の日を予約して歯石除去はあきらめた。

この日は別の場所に出かけて別の意味でショックを受けたのだが、それはここで書くことではないので控える。

不調のまま終わる2019/10/04 23:22:27

今年半ばで体調を崩し、それ以降回復しない。いろいろなものから逃げたり、いろいろなものに向かったり、いろいろなものを増やしたり減らしたりしたが、一向に改善しない。これもまた、人生なのだろう。

佐藤しのぶの訃報に接する2019/10/05 08:46:44

佐藤しのぶが亡くなったことを今朝知った。たぶん、佐藤さんのことばだったと思うのだけれど、「コンサートへ行って気持ちよくなればいいんです。たとえ気持ちよく寝たとしても」ということばを思い出した。このことばを聞いてから、コンサートへ行く気持ちが心なしか軽くなった。ありがたいことばだった。

あるとき、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」のコンサートを聴きに行った。冒頭ピアノのカデンツァが出てそのあとオーケストラが勇ましい主題を展開する曲だが、そのオーケストラを聴いてから寝入ってしまい、目が覚めたのが第3楽章が終わって拍手が起こったそのときだった。このとき、佐藤さんだったら、コンサートに行って気持ちよく眠れたんですね。いいコンサートでしたね、といってくれるだろうか。

チェロの稽古を受ける2019/10/06 21:58:54

チェロの稽古を受けに某所に行ってきた。これが5回目である。
4回目のときと同じで、相変わらず同じことを言われている。つまり全然進歩していない。新たな悩みが増えるが、チェロのレッスンの間はチェロが上達しない悩みが別の悩みを覆い隠してくれている。

前日の疲れを引きずる2019/10/07 23:26:18

おとといは管弦楽の練習があった。私は弦楽合奏を長年やっていたためか、オーケストラの速さやダイナミクスにはついていけず、ひたすらおろおろするばかりである。おろおろしているのに、反省会(という名前の飲み会)にはついていって、終電近くまで飲んでいるのだ。これでは疲れるわけだ。

その疲れを引きずって翌日にチェロのレッスンに通ったのだった。チェロのレッスンは前日の疲れを引きずったこともあり一段ときつかった。

さらに疲れは累加された。ひょっとして毎日の疲れはうなぎのぼりのように(指数関数的に)たまっているのかもしれない。おかげでこの日はさんざんだった。

認知症の危険を感じる2019/10/08 23:54:11

そろそろこのブログのカテゴリーに「病気」を付け加えるのがおおいぐらい、体調や病気に関する話題が多くなってきた。今回もそんな話題だ。

認知症を判断するための質問がある。典型例として、今日は何年何月何日ですか、というものがある。私は、何年何月までは答えられる。職場に行っているので何曜日ということまではわかる。しかし、何日というのは意外に覚えていないものだ。私が日付を認識するのは、職場で使っている日付印を朝新たに設定するときぐらいである。それぐらい、日付に疎い。世の中、週単位で回っているのだから、7の剰余系(つまり曜日)だけ覚えていればいいのではないかと思う。それが、認知症の始まりともいえる。

忘れるのが早くなる2019/10/09 23:00:30

赤瀬川原平さんが唱えた「老人力」の一つに、物忘れが早くなるという「忘却力」の増大がある。忘却力の増大は老人力ということば以前に土屋賢二さんが提唱していたし、おそらくほかの誰かも言い出しているとは思うが、いいえて妙である。

現在、ある領域を勉強しているのだが、その領域を理解を試すための試験の解答が、なかなか納得したものにならない。正答例をまねしても、その正答例が身につかない。その領域を解説した本には「ある問題を解いたら、2,3週間後にやってください。数日周期ではだめです。まだ覚えているからです。」とあるが、私はその2,3週間たたずとも、数日で忘却しているから効率がよい。しかし、肝心の進度が遅いので、まったく意味がない。

感動する機会が減っていく2019/10/10 21:18:32

感動する機会が減っていく。最近、囲碁の芝野虎丸棋士が名人位を獲得した。このこと自体はめでたいが、若い人がどんどん年寄りを倒していく、という構図のようで(もっとも今までの名人だった張栩棋士も39歳と十分若いのだけれど。

あまり年齢のことばかり言っていると暗くなるばかりだ。表題に戻ると、感動する機会が減っていく、と書いた。昔はどんなことも面白かったのだろうな。