部屋を片付けることにする2019/09/01 09:32

部屋を片付けることにした。書籍・雑誌の厚さを5センチ分削減できればよいことにする。

飲食の上限を考える2019/09/02 23:14

おとといは飲み会に参加した。たまたまこのときは意識があるまま帰ることができてよかった。しかし、私のことだから、いつ、どこで飲みすぎて意識をなくすかわからない。

一番怖いのは、若い人たちと飲むときである。若い人たちは当然私より飲む。負けじと私も飲む。これがいけない。わたしはもう、何もかも、若い人たちに太刀打ちできなくなってしまったのだ。酒を飲む量も、である。

ただ私が若い人たちより上だろうと思えることは(年齢以上に)一つだけある。それは、食べ物を粗末にしない、ということである。私が参加する宴会は、私のテーブルだけ、食い物がなくなっている。それは、残り物を私が食べるからだ(人が自分の皿に取ったものは食べない)。そして、私がテーブルにある食べ物を食べつくすと、別のテーブルに移動して同様のことを私が腹いっぱいになるまで繰り返す。あまり、というよりほとんど、宴会の人と話をしない。そして、すべての食べ物がなくなった時点で初めて、私は話に参加しようとする。しかし、すでにその段階では出席者は決まった人どうしの話がはずんでいる。かくしてわたしは取り残される。

昨今問題となっているアマゾン川流域の焼き畑農業と似ているような気がする。

カレーを食べる2019/09/03 18:27

久しぶりに昼カレーを食べた。カレーが食べられるのはありがたいことだ。

部屋を片付ける(続き)2019/09/04 21:23

押し入れの中にたまっている本を5センチ片付けることに成功した。次の5センチは来週火曜日までにやる。

フォーレの三重奏曲を聴く2019/09/05 22:54

以前、ある医院の待合室にいたら、とつぜんフォーレの三重奏曲が聞こえてきたという話を書いた。そしてその演奏が、ナヴァラによるチェロではないかとも書いた。そこで、ユボー(ピアノ)、ガロア=モンブラン(バイオリン)、ナヴァラ(チェロ)による三重奏曲を久しぶりに聞いてみた。第一楽章のdの上ずり方は、この演奏っぽい。

認知症の疑いがあることに気づく2019/09/06 21:30

知りたくないの(菅原洋一)という歌があったが、知りたくないものはたくさんある。そんな中の一つは、自分が認知症になっているという疑いである。簡単なテストをやってみたところ、やはり認知症の疑いがあります、ということだった。認知症を予防するために、ストレスのかからない生活を送りましょう、というものがあった。

認知症と関連が深いものに、老人性うつ病がある。うつ病とは、気分が落ち込んでしまってゆううつになってしまうことだ。このうつ病もストレスが原因であると考えられているので、ストレスを除去または軽減することがうつ病を直す一つの方法である。そして、うつ病のときにいわれているのは、重大な決断をそのときはしない、回避するというものである。たとえば、会社をやめるとか、ということである。

そこで一つの疑問が生じる。会社勤めで生じたストレスがあってうつ病になってしまったとする。そのストレスの原因なり発端なりが、勤めている会社固有のストレスであったとしよう。そうすると、ストレス解消の一つの手立ては、会社を退職することである。ところが、うつ病では、会社の退職という重要な決断は回避せよ、という。これはいわゆる、キャッチ=22 的状況ではなかろうか。

正確にはこうなるかな。キャッチ=22 でこうなっている。戦っているあるとんでもない部隊がある。そこから逃れる条件は、その隊員が(程度の高い)狂気に陥った場合だけである。そして、その隊員は狂気に陥ったことを(除隊申請書によって)自ら証明しなければならない。しかし、(除隊申請書によって)自ら証明できるということは自分の狂気を意識できるということでもある。そしてその結果、自分で狂気を意識できる程度では、除隊の条件を満足すべき(程度の高い)狂気に陥っているとは認められない。そのようなジレンマである。さすがにうつ病のストレスは、そこまでのキャッチ=22 的な、それこそダブルバインド的なものではないと思う。

医者は、退職しなくとも、休職制度を活用してはどうか、などという。籍だけはおいておけ、ということだ。そうして時間がたてば、会社のストレスは軽減することもあるだろう。しかし、軽減しないこともあるだろう。そうなると、休職した分だけ、無駄になる(休職中の補償は千差万別だろうから、これはおいておくとして)。

いつの間にやら認知症がうつ病の話にずれてしまったが、こんな話のずれかたは認知症のせいなのだろうか?

大殺界を思い出す2019/09/07 21:27

最近調子が優れないことを嘆き、天中殺に似たことばがないかをさがしていた。つれあいの助言で、「大殺界」ということばを思い出した。そういえば、「天中殺」ということばはある年の流行語にもなったのだった。まあ、天中殺でも大殺界でもいい。どうせ調子が優れないのだから。

市川に行く2019/09/08 21:25

最近所用があって、市川に出かけている。これが3回目である。何のために出かけているかは言わないが、なんとか続けたいと思っている。ただ、これを続けるには、自分の努力が必要なのだ。その努力が続くかどうか。最近気力・体力・知力の3力がとみに落ちているので、気をつけないといけない。

富士山の輪郭がはっきりと見える2019/09/09 22:39

今日は未明に暴風雨があった。その余波でいろいろな問題があったが、数少ないよいこととして、遠くにある秩父山系や富士山が、この時季にしてははっきりと見えたのだった。暴風雨が、チリやホコリを吹き飛ばしてくれたのだろう。私の心のチリやホコリは、永遠に蓄積されるばかりで排出されないのだけれど。

感情を制御する2019/09/10 22:32

体調は悪い。だが、少しずつではあるが、感情を制御できるようになってきている。こんな時、文学作品を読むのはいけない。感情の波を揺さぶるような正帰還がかかってしまうからだ。かといって、技術書ならいいかというと、こんどは技術書の内容がぜんぜんわからないから無駄になってしまう。どうしたらいいのだろう。結局、感情を制御することができていない、ということなのか。がっかりしてしまう。